一つ、ないしょ倉がござりますゆえ、そちらから持ち出したのでござります」
まことにそれが事実ならば、およそいぶかしい三千両といわねばなりませんでしたから、始終を聞いていて、とても不思議でたまらぬように、例のごとく口をさしはさんだのはあいきょう者の伝六です。
「どうもこりゃ天狗《てんぐ》のしわざかもしれませんぜ。錠にもかぎにも異状がねえっていうのに、中の三千両が羽がはえて、弥吉の野郎のまくらもとに飛んでいっているなんて、どうしてもこりゃ天狗のいたずらですよ。久しく江戸に出たといううわさを聞かなかったが、陽気にうかれて二、三匹|鞍馬山《くらまやま》からでも迷い出たんでしょうかね」
「うるせえ! 黙ってろ。では、もういいから、戸をあけてみな」
カチリ、ガチャリとやって、ガラガラと締め戸を押しあけながら、一同が人形大尽のあとに従って蔵の中へはいろうとしたそのとたん――
名人がごくなんでもないような顔つきをして、ごくなんでもないようにこごみつつ、ちらりそこの錠前トボソがおりる敷居の上のみぞ穴をのぞいていたようでしたが、と――、不意にからからと大きくうち笑うと、きくだにすっと胸のすくようなせりふをずばりと言い放ちました。
「なんでえ、いやに気を持たしゃがって、つまらねえ。これだから、おれあどうも欲の深い金満家とは一つ世の中に住みたくねえよ。欲が深いくせに、むやみとこのとおり、やることがそそっかしいんだからな。ね、おい、京人形のお大尽、もう蔵の中なぞ調べなくたって、天狗の正体がわかったぜ」
「えッ! じゃ、あの、三千両を持ち出したものは、やっぱり弥吉でござりましたか、それとも娘でござりましたか」
「だれだか知らねえが、おまえさんはたしかにこの戸の錠がおりていたといったな」
「へえい、二度も三度も、しちくどいほど申しあげたはずでござります」
「では、もういっぺんその戸を締めてみな」
「締めますよ。締めろとおっしゃいますなら、何度でも締めますが、これでようござりまするか」
「たしかに締めたな」
「へえい、このとおりピシリと締めましてござります」
「では、もういっぺん、そのままかぎを使わないであけてみろ」
「冗談じゃござんせぬ。ピシリと締まった戸前が、かぎを使わないであけられるはずはござんせんよ。大阪錠というやつは、締まるといっしょにトボソが自然と中からおりるのが自慢なんでござりますからな。かぎなしでこの錠があけられてなりますものかい」
不平そうにつぶやきつぶやき、今しめた戸を疑わしげにひっぱったとみえましたが、こはそもなんたる不思議! かぎなしであけられるはずがないといったその戸が、実に奇態に、かぎなしで手もなくガラガラとあいたものでしたから、おどろいたのは京人形のお大尽です。
「こりゃなるほど天狗でござります。いったい、どうしたのでござりましょうな」
「ちっとおれの目玉は値段が高いつもりだが、少しはおどろいたか」
「へえい、もう大驚きでござります。どうしたというのでござりましょうな」
「どうもこうもないよ。値段の安そうなその目をしっかりあけて、敷居のトボソがはまるそこのみぞ穴をよくみろな」
「何か穴に不思議がござりますか! おやッ、はてな。こりゃだんなさま、穴に何かいっぱい詰まっているようでござりまするが、何品でござりましょうな」
「塩豆だよ。塩でまぶしたあの煎《い》り豆さ」
「なるほどね。そういわれてみると、いかさまそれに相違ござんせんが、それにしても、だれがこんなまねをしたのでござりましょうな」
「丁稚の次郎松だよ」
「えッ! でも、せっかくのおことばでござりまするが、ちっとりこうすぎるところはあっても、あいつにかぎって、こんなまねするはずはござんせんよ」
「控えろ。むっつり右門といわれるおれがにらんでから、こうこうと見込みをつけたんだ。不服ならば聞いてやるが、あいつは買い食いする癖があるだろ。どうじゃ。眼が違うか」
「恐れ入りました。そういわれると、そのとおりにござります。ほかに悪いところはござりませぬが、たった一つその癖があいつの傷でござります」
「それみろ。思うにあの晩、そなたとふたりでこの倉へ調べに来たときも、きっとボリボリやっていたに相違ないが、気がつかなかったか」
「さよう……いえ、おことばどおりでござります。そう言われてみますと、いま思い出してござりまするが、たしかに何かもごもごと口を動かしておりましたゆえ、また買い食いをしたのかといってしかった覚えがござります。しかし、それにしても、あの次郎松がまたなんとしようとて、こんなだいそれたまねをしたのでござりましょうな。三千両を持ち出したのもあれでござりまするか」
「あたりめえさ、今どろを吐かせてやるから、はよう連れてこい」
ずばりと断定を下しましたので、めんくらいながら
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