が一丁ですね」
「二丁だよ」
「えッ! じゃ、あっしが兄貴分の役得で、乗られるんですね」
「のぼせんな! こちらのお人形お大尽がお召しになるんじゃねえか」
「ほい、また一本やられたか。なんでもいいや、だんなのお口から駕籠が出りゃ、おいら、胸がすっとするからね。じゃ、辰ッ、おまえもひざくりげにたんと湿りをくれておけよ」
 こうなると伝六なかなかにうれしいやつで、骨身も惜しまずたちまち揚げ屋の表へ、くるわ駕籠を二丁見つけてまいりましたものでしたから、いよいよ捕物名人の第十五番[#「第十五番」は底本では「第五番」]てがらが、丁子油ならぬ溜飲《りゅういん》下げのにおいをそろそろと放ちだしました。

     4

 かくして乗りつけたところは、いうまでもなく日本橋詰めの近江屋《おうみや》勘兵衛《かんべえ》方です。何はともかく、千両箱のしまわれてあった金蔵を一見しなくばと、名人はすぐさま人形大尽を案内に立てて、屋の棟《むね》つづきの土蔵へやって参りました。商売がらが商売がらでしたから、そのがんじょうさ、いかめしさというものは説明の必要がないくらいなもので、戸前には特別大の大阪錠《おおさかじょう》をピシリとおろし、見るからに両替屋の金蔵らしい構えでした。
 人形大尽勘兵衛は、名人の出馬を得たのにもうほくほくでしたから、ただちにかぎを錠にはめて、鉄扉《てっぴ》と見える大戸前をあけにかかりました。
 と――、それを見て、名人が鋭く制しながらいいました。
「まて、まてッ。あけるのはあとでよいによって、まず先に盗み出されたおりのもようがどんなじゃったか、覚えているだけのことを話してみい」
「べつにいぶかしいと思うたことはござりませなんだよ。まえの晩にちゃんと錠をおろしておいたとおり、朝参りましたときも錠がおりてござりましたゆえ、あけて中を改めましたら、三千両だけ減っていただけでござります」
「あわて者よな。錠がそのままになっていて、なかの金が減っていたとせば、大いに不思議じゃないか。いったい、この錠のかぎは一つきりか、それとも紛失したときの備え品がほかにもあるか」
「いいえ、天にも地にもただ一つきりでござります」
「その一つは、だれが預かりおった。弥吉にでもかぎ番をさせておいたか」
「どうつかまつりまして、それまでは先ほども申しましたとおり、命をとられても小判は離すまいと思うほどだいじな品でござりましたゆえ、かぎは毎晩てまえがしっかり抱いて寝ていたのでござります」
「では、夜中にその抱いて寝ていたかぎを盗み出された形跡もないというのじゃな」
「ござりませぬ、ござりませぬ。そうでのうても目ざとい年寄りでござりますもの、抱いているのを盗み出されたり、またそっと寝床の中へ入れられるまで知らずにいるはずはござりませぬ」
「とすると、なかなかこれはおもしろうなったようじゃな。では、もう一度念を押してきくが、朝来たとき、たしかに錠はおりたままになっていたというのじゃな」
「へえい、ちゃんとこの目で調べ、この手で調べたうえに、てまえがこのかぎであけたのでござりますゆえ、おりていたに相違ござりませぬ」
「そうか、よしよし。ではもう一つ尋ねるが、その前の蔵の金を調べたのはいつじゃった」
「いつにもなんにも、毎晩調べるのでござりまするよ。商売がらも商売がらからでござりまするが、毎晩一度ずつ千両箱の顔をなでまわさないと、夜もろくろく寝られませなんだので、娘をしかった晩もよく調べましたうえ、ちゃんと錠をおろしましてやすんだのに、朝起きてみますると、先ほど申しあげましたように、弥吉めが持ってまいりましただけのちょうど三千両が蔵の中で減っておりましたゆえ、てっきりもうあいつのしわざと思うたのでござります」
「では、もう一つ尋ねようか。その晩調べにまいったおりは、そのほうひとりじゃったか」
「へえい、ひとりでございました」
「たしかにまちがいないか」
「…………」
「黙って考えているところをみると、なにか思い出しかけている様子じゃが、どうじゃ、たしかにひとりで調べに参ったか」
「いえ、思い出しました。いま思い出しました。やっぱりひとりではござりませぬ。小僧の次郎松といっしょでござりました」
「なにッ、丁稚《でっち》の次郎松がいっしょだったとな! 当年何歳ぐらいじゃ」
「十四でござりまするが、目から鼻へぬけるようなりこうなやつで、何も疑わしいようなことをする悪いやつではござりませぬよ」
「だれも疑うているといやあせぬわ。ただきいているまでじゃ。では、なんじゃな。その後この蔵には手をつけないのじゃな」
「へえい。こんなふうにだんなさまのお出ましを願うようにならばと存じまして、そのままにしておいたのでござります」
「しからば、吉原へ持参の五千両はどこから出しおった」
「向こうにもう
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