ちまったんだろな、辰ッ、そこらに見えねえかい」
「いますよ、いますよ。だんなの足もとに、目を光らして尾っぽをつっ立てながら、ためていますぜ」
「そうか、それをきいちゃ、なおほっておかれねえや。油のにおいをつけながら、きっと、あとを追ってくるから、きさまその目ぢょうちんで、見失わねえようにしっかり見張ってきなよ」
案の定、右門のこわきにかかえている疑問の髪の毛を追い慕いつつ、ニャゴ、ニャゴとぶきみな鳴き声たてながら、あとをつけてきましたので、その一事にいっそう不審を深めでもしたかのごとく、おのがお組屋敷へとって返すと、その場に外出のしたくを始めましたものでしたから、口先の伝法なのに似合わないで、ことごとく弱音を吐きだしたものは伝六でした。
「髪の毛だけでもあんまりうれしい詮議《せんぎ》じゃねえのに、薄気味のわるい黒ねこのお供で、なにもこんな夜よなかお出ましにならなくたってよかりそうなもんじゃござんせんか。癇《かん》のせいで、そんないやがらせをなさるんでしたら、もういっさいそまつな口あききませんから、あしたの朝にしておくんなせえましよ」
「悲鳴をあげるな。きさまのまたぐらにゃ、人並みに度胸袋がぶらさがっていねえのか。夜が夜中だろうといつだろうと、こいつあ捨ておけねえとにらんだら、それがご番所に禄《ろく》をはむ者の役目じゃねえか、しっかり度胸袋に活でも入れて、辰といっしょにねこを見張りながらついてきなよ」
飛びついてとられないように髪の毛を堅くこわきにすると、さっさと表のほうに出ていったとみえましたが、どこへ何をしにいこうというのか、奇態なことに道を神田めがけて選びました。
2
出るといっしょのように、ポツリ、ポツリと、えり首を見舞ったものは、このごろの青葉どきにはつきものである降りみ降らずみのさみだれです。さみだれの降るところ、決まってまたついてまわるものは、俗に幽霊風ととなえるあのぬんめりとした雨風で、しかも時刻は森羅《しんら》万象ものみなすべてが、死んだような夜中の九ツ下がり――。
そのぶきみこのうえない幽霊風吹きなでる深夜の町中を、思ってみただけでも身の毛のよだつまっくろな怪猫《かいびょう》が、怪しの髪の毛の油香を追い慕って、ニャゴニャゴと陰にこもった鳴き声をふりしぼりつつ、曲がるほうへ行くほうへつき従ってまいりましたものでしたから、むろんの
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