するでござります」
「ますますよろしい! では、伝六ッ!」
「えッ?」
「夜通しではちっと眠いが、今から青葉見物にでも出かけようじゃねえか」
「…………※[#疑問符感嘆符、1−8−77]」
「黙って首なんぞひねらなくたっていいんだよ。ほら、小判で五両やるから、これで酒手もなにもかも含めてな、大急ぎに遠出|駕籠《かご》を三丁雇うてこいよ」
「ゲエッ――と、ようようこれで声が出やがった。まあそう矢つぎばやとものをおっしゃらずに、しばらく待っておくんなせえよ。――な、辰ッ。おりゃ、こんどばかりは、だんだんだんながおっかなくなってきたからな、お供は断わりてえが、おめえ行く気かい」
「…………」
「なにをもがもがと、死にかけたふなみてえな口つきしてやがるんだ。おめえもあんまりおどろいたんで、声が出ねえのか!」
「で、で、出るよ、出るよ、このとおりりっぱに出るが、だんながああおっしゃるんだから、青葉見物とやらに行ったらいいじゃねえかよ」
「ちぇッ、こいつ、おまえの目は夜が夜中でも青葉が見えるかしらねえが、おらの目はこう見えたって人間並みにまっとうなんだぜ。つまらんところで、できそこないの目を自慢するない!」
「おいこら、伝六ッ」
「えッ!」
「なにをいつまでむだ口たたいているんだ。駕籠はどうした!」
「あきれるな、またなんか化かす気でいるんだからな。ほかのところじゃ慈悲ぶけえだんなだが、いつもこの手ばかりゃ、ほんとに伝六泣かせですよ」
 いいつつも、屈強なのをそろえてそこに来たのをみると、ゆうぜんとうち乗りながら、名人がこともなげにいいました。
「おまえたちもあとのに乗ってきな。――おい、駕籠屋、行く先は青梅《おうめ》の宿だぞ!」

     5

 それっきり、名人は本来のむっつり右門にかえりながら、伝六がいかほどおしゃべり屋の面目を発揮して、うるさくうしろの駕籠から呼びかけましても、まったくもう唖《おし》のごときものでした。
 夜の大江戸を徐々にあとへ残して、青梅街道口《おうめかいどうぐち》へさしかかったのが、春の東雲《しののめ》――、西へ西へと一路街道を急がせて、堀《ほり》の内《うち》にかかったのが、目にまぶしやかな青葉の朝の五ツ下がり。ここで徹夜の疲れたからだに名物のきゃらぶき茶づけをゆっくりとって活を入れてから、駕籠の揺れるにまかせてうつらうつらと春眠の快をほしいまま
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