妙《たえ》よ、妙よ。わるかったな。おとうさんはもうすっかり了見を変えたから、おまえもよく見て迷わずに成仏しろよ。かわいそうにな、かわいそうにな……」
 いいつつ、涙すらも流して、そこにあった黄金の山の中から小判をわしづかみにすると、気味わるがっている花魁の前へ近づいていっては、ひとりあたり二両ずつ、それも正確に小判を二枚ずつ、祝儀としてきってまわりましたものでしたから、たちまちまた噴水のように吹きあげたのはあいきょう者でした。
「世の中にゃ、変わったキ印もあるもんじゃござんせんか。まさかに、あのおやじ、稲荷《いなり》さまのお使いじゃござんすまいね。どこかそこらに、おっぽが下がっちゃおりませんか」
 聞き流しながら、じっといぶかしい老人の行動を最後まで見守っていましたが、なに見破りけん、名人がずばりと断定を下しました。
「芯《しん》からの気違いじゃねえや。なにか悲しいことにぶつかって、逆上しているんだぜ」
「えッ※[#疑問符感嘆符、1−8−77] じゃ、あの、まだどこか脈がござんすかい。見りゃ目も血走っているし、言うこともろれつが回らねえようですが、このごろはああいう花魁《おいらん》の揚げ方がはやりますのかね」
「次から次へと、よくいろんなとんきょう口のきけるやつだな。ひとり頭に小判を二枚ずつとかぎって、祝儀にしたところが、芯からの気違いじゃねえなによりの証拠だよ。ほんとうに気がふれてりゃ、三両も五両も金の差別はわからねえや。まてまて、今おれが気つけ薬を飲ましてやらあ」
 いいつつ、ずかずかとそれなるいぶかしき老大尽の身近くに歩きよったかと思われましたが、こはそもいかなる気つけ薬を飲ませようというつもりでありましたろう――やにわに、ぎらりと鞘《さや》ばしらせたものは、あの蝋色鞘《ろいろざや》の細身なる一刀でした。しかも、抜くや同時に大喝《たいかつ》!
「ふびんながら、命はもらいうけるぞ!」
 叫びざまに、老大尽の面前五分の近くへ、光芒《こうぼう》寒き銀蛇《ぎんだ》を一閃《いっせん》させたものでしたから、並みいる花魁群のいっせいにぎょッとしながら青ざめたのはいうまでもないことでしたが、しかし、その驚愕《きょうがく》はただの秒時――。
 心底からの狂人ならば、白刃が鼻先へ襲ってこようと、矢玉が雨とあられに降ってこようと、びくともするものではあるまいと思われたのに、名人の看
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