のかい。あたりめえだよ。また、やすやす化けられちゃ、こっちがたまらねえからな。ところで、気にかかるなあその桜丸だが、こりゃ百面相ッ、どこへしょっぴいていったんだッ」
「それはその……」
 言いもよっていたとき、とつぜん伝六がけたたましく叫びました。
「ね。だんな、だんな! だれが何を急いでいるのか、御用ぢょうちんをつけた早駕籠が、こっちへ飛んでめえりましたぜ!」
 いううちに、そこへ御用と染めぬいたあかり看板をふりかざしながら、あわただしい駕籠が一丁近づいてまいりましたから、右門が鋭くきき尋ねました。
「ご番所のかたでござるか。それとも、どこぞ自身番のかたでござるか」
「あッ。右門のだんなさまでござりましたか! てまえは吾妻河岸《あづまがし》の自身番を預かっている町役人でござりまするが、こちらの芸人だという妙な娘をひとり拾いましたのでな。なにはともかく、取り急ぎこの見せ物小屋へ駆けつけてきたのでござりまするが、ちっと話が変でござりまするぞ」
「よし、わかった、わかった。名を桜丸といやしねえか」
「へえい。よくご存じでござりまするが、でも、妙なことがござりまするぞ。娘が申したところによると、あなたさまがこの小屋からお連れ出しなさりまして、吾妻河岸からやにわと大川へ突き落としたと申してござりまするぞ」
「そうかい。右門は右門だが、むっつり右門じゃねえ、ここにいるこの化け右門だよ。でも、突き落とされたのによく助かったな、だれか船頭でも拾ってくれたのかい」
「へえい。なにしろ、高手小手にくくされたまま、おっぽり込まれたんで、危うくおぼれようとしたところを、うまいこと荷足船《にたりぶね》が通り合わせて、拾いあげてくれたんですよ」
 いっているまに、恐るるもののごとく駕籠のたれを上げて、ぐっしょりと全身ぬれねずみのままそこに姿を見せた者は、これぞいうまでもなく行くえ不明中の桜丸でした。しかも、その容姿の楚々《そそ》とした可憐《かれん》なる美しさというものは、いかさま人気を奪ってしまうにじゅうぶんなくらいで、それと物音を聞きつけたのでありましょう、手裏剣少年が楽屋の中から駆け出してくると、
「おう! 姉さまかッ」
 声も喜びにおろおろと震えながら、ひしときょうだい左右から抱き合いました。
 その美しい肉身の美しすぎる情景を、右門もともどもうれしそうに見つめていましたが、かたわらの町役人をかえりみるといいました。
「ちょうどいいつごうだ。ここのとが人どもをふたり、ついでに伝馬町まで送ってくんな」
 言いおくと、すっぽり紫ずきんをいただきながら、さっさと足を早めました。
 しかし、道を歩きながらしきりと首をひねりつづけたのは伝六です。あちらへこちらへと、道を踏み違えるほどひねりつづけましたものでしたから、名人が笑いわらいいいました。
「兄分らしくもねえ、あんまりどじなかっこうすると、こちらのちっちゃなお公卿《くげ》さまに笑われるぜ。なにがいったい考えに落ちねえのかい」
「だって、よくまあだんなにゃ、しょっぱなから化け右門があの一座にいるとおわかりでござんしたね。あっしゃまた、あばたの敬公かだれかご番所の者が名をかたりやがったと思ってたんですよ」
「どじだな。そんなことぐれえ、初めっから眼のつかねえようでどうするかい。大きな声じゃいわれねえが、他人の名まえの手がらまでも横取りしたい連中はうようよいても、自分のあげたてがらにひとの名まえを貸してやるような、ご了見の広い者は、半分だってもご番所になんぞいねえじゃねえか。それも、ほかの者の名まえならだが、このごろちっとてがらをあげすぎるために、内々そねまれているおれの名まえなんぞ、ご番所のだれがかたるもんかい。さっきの手裏剣少年じゃねえが、少し逆上しているようだから、冷やっこいところを二、三杯見舞ってやろうか」
「いいえ、けっこうです、けっこうです。そんなもなあお見舞いいただくには及びませんが、でも、なんだってまあ、あのひょっとこおやじの百面相が、命とかけがえに片棒かつぐ気になったんでしょうね」
「そこがいわくいいがたしだが、いずれは娘のたいせつなものでもちょうだいができる約束でもあったろうよ。だから、梅丸もそこは人気|稼業《かぎょう》で、若い男ででもあらば格別、相手の五十男であったことが恥ずかしくて、なかなか口を割ろうとしなかったろうさ」
 それにしても、女は魔物だな、といわぬばかりに、ややしばしことばをとぎっていましたが、やがてつぶやくようにいったことでした。
「――考えてみりゃ、きょうはお釈迦《しゃか》さまのお生まれなさった日のはずだったが、それだのにあんな罪劫《ざいごう》の深いやつらがいるところを見ると、まだご功徳がお足りなさらねえのかな」



底本:「右門捕物帖(二)」春陽文庫、春陽堂書店
   1982(昭和57)年9月15日新装第1刷発行
入力:tatsuki
校正:はやしだかずこ
2000年2月12日公開
2005年7月6日修正
青空文庫作成ファイル:
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