書といったことばのとおり、それなる一書は次のごとく書かれた松平伊豆守のお直筆でした。
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「こは余が領国武州|忍《おし》に育ちし者に候《そうろう》も、希代なるわざ二つあり、下人に捨ておくは惜しきものと存じ、そのほう配下に差し送り候条、よしなにお差配しかるべく、右推挙候者なり」
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 これが余人の推薦ならば、容易に食指を動かす右門ではありませんでしたが、天下第一の名宰相、知恵の権化の松平伊豆守が、これならばといわぬばかりに、太鼓のような判を押して、わざわざ送りつけてくださいましたものでしたから、右門もようやく事の顛末《てんまつ》を知りまして、とりあえず座敷に請じあげると、おもむろにまずその人となりを尋ねました。
「では、ともかく人となりを承ろう。当年何歳じゃ」
「二十三でございます」
「ひどく小さいようじゃが、まさか日陰で育ったわけではあるまいな」
「いいえ、それが実あ日陰ばかりで育ったんだから、うそはいえないものでございますが、親代々家の稼業《かぎょう》が金山の金掘りでござんしたのでな、しょっちゅう日の目の当たらない地の中へもぐっていたせいか、
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