が雑然として積み重ねられているその壁のところに、紛れもなく男物の、それも土のついた雪駄《せった》が一足隠し忘れてあったものでしたから、名人がにやりと笑うと、手裏剣少年をあわただしく呼び招いて、不意に尋ねました。
「当一座には、男芸人が何人いるか」
「木戸番道具方をのぞきますと、芸人と名のつく男は、このわたくしのほかに、百面相を売り物といたしまする鶴丈《かくじょう》というのがひとりいるきりでござります」
「なにッ、百面相の芸人とな!」
「はい。じつによく顔をつくりかえますゆえ、なかなかの人気でござります」
「何歳ぐらいじゃ」
「もう五十いく歳とやら承りました」
「そんな年で、若い男にも化けおるか」
「はい、別して、若化けが得意芸のようにござります」
「どこにいるか」
「つい、いましがた、向こうの男べやにうろうろとしていましたゆえ、まだいるはずにござります」
 聞くや、じつに唐突な右門流でした。
「じゃ、伝六ッ、辰ッ、もうあっさりとしっぽを巻いて引き揚げようや。百面相の鶴丈先生とやらに、こんどは牛若丸かなんかに化けられちゃ、とてもおれにだって八艘飛《はっそうと》びゃあできねえんだからな――
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