たことか、それがやっぱりあいきょう者なので、しかもほかになんびとか連れでもがあるらしく、やにわに奇態なことを促しました。
「さ! 遠慮はいらねえから、早いところおめえの隠し芸をお目にかけて、ちょっくらだんなの肝を冷やしてやんねえよ」
 と――ほとんど同時です。伝六に促されて黒い影がごそごそと庭先へはいってきたらしい様子でしたが、いかにも奇怪至極なことばで、とつぜん右門に呼びかけました。
「だんな、お無精をなさっていらっしゃるとみえまして、おさかやきが少しお伸びのようでござんすね」
 これにはさすがの捕物名人もおもわずぎょッとなりましたので。表にこそはいくらか宵星のうっすらとしたほのあかりがありましたが、屋のうちはあんどん一つともっていないまっくらがりでしたのに、それなる不意の闖入者《ちんにゅうしゃ》ばかりは、夜物が見えるふくろうの目玉でも備えつけているのか、鼻先をつままれてもわからないようなやみの中に寝ころがっている右門のさかやきが少々伸びているのを、さながら白昼のもとに見るかのごとくぴたりと言い当てましたものでしたから、したたかに肝を冷やして、むくり起き上がりざま、握るともなく蝋色鞘《ろいろざや》を握りしめていると、つづいて黒い影がさらに驚かすごとくまたいいました。
「お腰の物の下げ緒がゆるんでおいでのようですぜ」
 じっさいまた下げ緒がゆるんでおりましたので、奇態な男のかさねがさねな奇態なことばに、いささか名人もあっけにとられていると、伝六のやつめがげらげらと笑いながら駆け上がってきて、そそくさあかりをつけていたようでしたが、得意そうにいいました。
「いかなだんなでも、今の隠し芸にゃ、ちょっと舌をお巻きなすったようでしたね。あの男がその本人なんだから、とっくりご覧なせえましよ」
 庭先を指さしましたものでしたから、よくよく見ると、これがじつにどうもいいようのない男です。身のたけは抜群――といいたいが、反対にごくごくの抜小で、ものさしを当ててみたらせいぜいまず四尺八寸か九寸ぐらい。それだのに、これがひねこびれてでもいるかと思うと案外にのっぺりとなまっちろくて、物にたとえていったならば、ご禁裏仕えの高貴なお公卿《くげ》さまを小さく縮める器械へかけて一回り小造りに造り直したといったような、変にのどかな感じの人物でしたから、どういう素姓の男が何用あって来たのか、ことごと
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