、おまけに朝からしとしとと、絹糸のような小ぬか雨です。いきにいえば、忍び音の糸もみだるる春の雨――というあの雨なのですが、あいきょう者の伝六は来ず、たずねていくべき四畳半はなし、せっかくいきな春雨が降るのに、寝ころがってあごばかりまさぐっていても芸のない話だと思いつきましたものでしたから、ふと右門の気がついたところは、このごろ席を始めたという向こう横町の碁会席でありました。
 さいわいご番所は非番でしたので、まだちっと時刻が早すぎるとは思いましたが、久方ぶりにしみじみと碁でも打ちながら、いきな春雨に聞きほれるのも時にとっての風流と思いましたものでしたから、じゃのめを片手になにげなく表へ出ると、ところがその出会いがしらに往来ばたに、何がけげんでならないものか、しきりと首をひねりながらたたずんでいた者は、だれでもないあいきょう者のその伝六でした。根が伝六のことだから、そのひねり方というものがまた並みたいていではないので、傘《かさ》もささずに絹雨を頭からしょぼしょぼと浴びながら、しきりと町の向こうをながめながめ、右へ左へいとも必死にひねりつづけていたものでしたから、ちょっと右門も不審に思って
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