れも使いなんか来やしなかったぜ」
「えッ、行かなかったんですか! どうしたんだろうな。あんなにくどく、念を押しましたのにな」
 おどろきながら小者が、不審にたえないといったように首をかしげましたものでしたから、早くもその烱眼《けいがん》のピカピカとさえたものは名人右門です。伝六はまだぽかんとしながら目をきょときょとさせていましたが、名人の頭には、いっさいのからくりが察せられましたので、微笑しながら尋ねました。
「わかったよ、わかったよ。おめえがあんまり人を信じすぎたので、ことづてが途中で消えたのだ。おそらく、頼んだ相手というのは、あばたの敬公の手下じゃねえのかい」
「ええ、そうですよ。そうなんですよ。お奉行《ぶぎょう》さまがすぐにあなたを呼んでまいれとおっしゃいましたのでね、駆けだそうとしたら、門のところに敬だんなのお手下がおいでなさって、ことづてならばおれんが今お組屋敷へ帰るところだから、ついでに伝えてやろうといいましたんで、ついうっかりとお頼みしたんですよ」
「よし、わかった、わかった。おめえが悪いんじゃねえ、人の仏心を裏切るやつが悪いんだよ。あばたがあばたなら、手下も手下だが、それでご用向きはどんなことかい。お奉行さまからのお呼び出しというと、尋常一様のあなじゃなさそうだが、おれでなくちゃとでもおっしゃっていられるのかい」
「そうなんですよ、そうなんですよ。こりゃ右門でなくちゃ手に負えまいとおっしゃいましたのでね。すぐにまたこうしてお呼びに参ったんですが、ゆうべ二ところへおかしな押し込みがはいりましてね、変なものを盗み取られたという訴えがあったんですよ」
「なんだ、押し込みどろぼうか。そんなものなら、なにもおれがわざわざ出るにも当たらねえじゃねえか」
「いいえ、それがただの豆どろぼうや、小ぬすっとじゃねえんですよ。一カ所は小石川の台町、一カ所は方面違いの厩河岸《うまやがし》ぎわですがね、その飛び離れたところへ、半刻《はんとき》と違わねえのに同一人らしいおかしな野郎が押し込みゃがってね、両方ともそこの主人の手の指を二本ずつ切り取っていったというんですよ」
「なに、手の指? なるほど、からだについている品をとられたとすると、品物がちっと変わっているな。じゃ、なにかい、ふたりともぐっすり寝ついているときにでも、知らずに切りとられたというのかい」
「いいえ、床にこそはついていたが、はいってきたのをちゃんと知っていながら、相手の野郎がとても怪力なんで、どうもこうもしようのねえうちに、そろいもそろってふたりとも、左手の親指と人差し指を二本切りとられちまったというんだから、ちっとばかりおかしいじゃござんせんか。それも、厩河岸《うまやがし》のほうは町人だから、相手の怪力に手も足も出なかったとて不思議もありますまいが、小石川の台町のほうは一刀流だかをよく使うりっぱな若侍だっていうんだからね。こいつああっしだっても、どうしたって、だんなの畑だと思うんですがね」
「なるほどな。じゃ、なんだな、相手の野郎は大入道みたいなやつででもあったというんだな」
「ところが大違いですよ。みたところ五尺とねえ小男でね、そのうえ女みたいな優男だったというんだから、ご番所のみなさまがたもその怪力っていうのが不思議だ不思議だとご評定しなさっていらっしゃるんですがね」
「いかさまな。そうするてえと、おれもちっとてつだうかな」
 物静かにいいながら、ではまた、そろそろはなばなしいところをお目にかけるかな、というようにゆうぜんとあごをなでだしたものでしたから、すっかり有頂天になってしまったものは伝六です。
「ちぇッ、ありがてえ。筋書きがこうおいでなさらなくちゃ、せっかくおれさまが雨にぬれながらここでつっ立っていたかいがねえんだ。じゃ、また駕籠《かご》ですね」
 言いざま、もう早がてんをして、しりはしょりをやりだしましたものでしたから、右門が笑いわらい呼びとめました。
「駕籠なんぞ遠くもねえのに、いらねえよ。いらねえよ。春雨に降られていくのもおつだから、そろそろおひろいで行こうじゃねえか」
「だって、あばたの野郎が、あのとおりことづてを横取りしたとわかりゃ、捨てておけねえじゃござんせんか」
「忘れっぽいやつだな。いったい、おめえは何度おれにその啖呵《たんか》をきらせるんだい」
「どの啖呵ですい」
「わからねえのか。だてや酔狂でおれあご番所のおまんまをいただいているんじゃねえんだよ。はばかりながら、あばたの敬公なんかとは、ちっとできが違わあ」
「だって、あば芋のだんなも、今度しくじりゃ五へんめだから、ただじゃしっぽを巻きませんぜ」
「うるせえな。口があいていると、しゃべってしようがねえから、あめチョコでも買ってしゃぶっていなよ」
 しかりすてると、伝六がやきもきするのもまん
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