、しんみりとうち沈んでいいました。
「違うよ、違うよ、おめえの勘違いだよ。おれゃお奉行さまのしうちが恨めしかったり、あばたの敬公が憎かったりして、めめしい泣き顔なんぞするんじゃねえんだよ。敬公に任せろとのご命令ならばすなおに任せもするが、そのためにまた今夜も黒門町と本石町とで、たいせつな指を切りとられるかたがたがあるだろうと思うと、そのかたたちが、きのどくでならねえんだよ。おれが手がけていたらそんなことはさせまいものに、つまらねえ同僚のねたみ根性に犠牲となって、会わなくもいい災難にお会いなさるかたたちのことを思うと、おれゃきのどくで涙が出るよ」
しみじみとつぶやくと、真実難に会う人たちがきのどくでならないといったように、うるんだ目を伏せました。まことに、聞くだに感激しないではおかれぬ心の清さというべきですが、しかしそのまに不快な一夜は明けて、からりと晴れた朝が参りました。
3
と――、果然、その翌朝の、それもまだ五ツ少し下がったばかりのころです。命令もないのに、伝六が気をきかしてお番所へ様子探りに駆け走っていったようでしたが、ふうふう息を切りながらもどってくると、わめくようにいいました。
「ね、だんな! さ、啖呵《たんか》ですよ! 啖呵ですよ! いつものように、胸のすっきりするやつをきっておくんなせえよ。お奉行さまからご命令が下りましたぜ。やっぱり、右門でなくちゃだめだとおっしゃいましたぜ」
「えッ、じゃ、おれのいったところへ、ゆうべ出やあがったか」
「出やあがったどころの段じゃねえんですよ。おっしゃったとおり、黒門町と本石町と両方へ現われやがってね。それも、本石町のほうは、ふたりもまたゆうべと同じように左手の人さし指と親指を切られたというんですよ」
「そうか。だから、いわねえこっちゃねえんだ。それで、敬公はどうしたい。どんな顔をしていやがったい」
「そいつがほんとうにあきれるんですよ。身のほども知らねえまねをしやがったんで、こういうのをばちが当たったというんでしょうがね。野郎め、ゆうべ日本橋で、さらわれちまったというんですぜ」
「えッ、じゃ、行くえ知れずになったのか」
「そうなんですよ。そうなんですよ。なんでも、ゆうべまだ宵《よい》のうちだったそうですがね、野郎め、ただのつじ切りでも押えるような了見でいたんでしょう。手下を三人つれて日本橋の橋たも
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