か自身番の寝ずの番に、ひっかからねえってはずあねえんだからな。野郎め、そいつを恐れやがって、番所のねえ町をたどりながら押し込みやがるんだよ」
「するてえと、敬公の野郎、そいつを気がついているでしょうかね」
「と申してあげたいが、あの下司《げす》の知恵じゃ、まず知るめえな。おおかた、今ごろは、まんまとおれに手を引かすることができたんで、のぼせかえりながら、せっせと被害者の身がらでも洗っているだろうよ」
「ちくしょう、くやしいな。お奉行さまもまたお奉行さまじゃござんせんか。なんだって、あんな野郎にお任せなすったんでしょうね。もし、今夜もだんなのおっしゃるように、指を盗まれる者があるとするなら、災難に会う者こそきのどくじゃござんせんか」
「だから、おれもさっきから、ちっとそれを悲しく思っているんだよ。おまえはおれのお番所へ行きようがおそかったんで、がみがみどなったようだが、断じておれのおそかったせいじゃねえよ。あばたの大将がことづてを横取りしやがったのが第一にいけねえんだ。第二には、身のほども知らずに、お奉行さまへ食いさがって、おれをのけ者にしたことがいけねえんだ。お奉行さまからいや、それほどあばたの敬公が意気込んでいるのに、おまえでは役にたたぬ、ぜひにも右門にさせろとやつの顔をつぶすようなことはできねえんだからな。それに、敬公といやなにしろ同心の上席で、ちったあ腕のきく仲間として待遇されてもいるんだからな。潔く手を引いていろとご命令があった以上は、それに服するよりしかたがねえさ」
いうと、黙念としながら腕をくんで、ややしばしうち沈んでいたようでしたが、ふと見ると、右門のまなこの奥に、かすかなしずくの宿されているのが見えましたものでしたから、気早な伝六にはそれがくやし涙と思われたのでしょう。
「お察しします……お察しします。さぞおくやしいでござんしょうが、それもこれもみんなあばたの畜生がいけねえんだから、あんなげじげじ虫ゃ人間の数にへえれねえやつだと思って、おこらえなすってくだせえまし……おこらえなすってくだせえまし……」
あわてて目がしらを手の甲でぬぐい去ると、くやしそうに歯ぎしりをかみました。伝六としてはまたそう解釈されたのも無理のないことでしたが、しかし名人右門のしずくを見せたのは、そんなせまいくやしさや、そんな狭い了見からではないので、苦痛げに声をくもらせると
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