飛び出した者は、旅装束をつけたままで湯づけの道中をしてきた不逞漢《ふていかん》弥三郎でした。
といっしょで、感謝あまったものか、江戸錦が、うしろ手にいましめられたままの大きなからだをがばとそこへ折り曲げると、右門のほうを伏し拝むようにしながら、白州の砂礫《されき》にしみるほどな大粒の涙をぼろぼろとはふり落としました。
しかし、右門はいつもながらの右門でした。いたたまらないもののごとくこそこそと逃げていったあばたの敬四郎のうしろ姿を笑止げに見送りながら、そのいましめをぷっきりほどいてやると、物静かにいいました。
「もうこうなりゃ、右門というあっしがお味方だから、お血筋の真柄家を再興するなり、おすきならば関取り修業を励むなり、お気ままにしなせえよ。――では、伝六、そっちの湯づけのほうは揚がり屋敷へおっぽり込んでおいてな、江戸錦どんとあとからゆっくりやって来なよ。豪気に寒いようだから、お近づきのしるしにお関取りといっしょで寄せなべでもつつこうじゃねえか」
言いおくと、ふところ手の中からあごをなでなで、ゆうぜんと歩み去りました。
――これは余談ですが、人はやはり身に備わった芸技と、その
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