せえよ」
魯鈍《ろどん》なること伝六ごときものをもってしても、ふたはふさったままでいるのに、外には今なかからあふれ出でもしたような、お湯の流れ伝わっているそんな化けぶろおけは、めったにお目もじのできない品物でしたから、早くもそれと知ったか、丸くなって表へ飛び出していったようでしたが、まもなく命じたとおりの屈強な裸人足どもを四人引き連れまして、珍しくも気のきいたことには、がんじょうな麻なわすらも携えてまいりましたので、右門はただちに人足どもに命じて、じゅうぶんに湯おけをふたごとくくらしました。
といっしょに、ばちゃばちゃと中でもがきながら、案の定言い叫んだ弥三郎の声がありました。
「恐れ入りましてござります。もうけっしてむだなお手数はおかけいたしませぬによって、どうかふただけお取りくださいまし。とても湯気がこもって生きた心持ちはござりませぬゆえ、ふただけはお取りのけくださいまし」
しかし、右門は厳としていいました。
「うすみっともねえ泣きごとをいうな。加賀百万石のお殿さまだっても、お湯に浸ったままで江戸の町を道中するなんておぜいたくはなさらねえじゃねえか。それに、きさまひとりのため
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