ころが、どうもこれが奇態です。先に駆け込んでいったとはいうものの、たった七足か十足ぐらいの相違でしたから、まだどこかに弥三郎がまごまごしていなければならないはずでしたが、天にもぐったか地にもぐったか、不思議とその姿が見えませんでしたから、例のごとくに伝六がまず音をあげてしまいました。
「まるでのみみてえな野郎だね。どこの廊下口も雨戸はちゃんと締まっているんだから、表へ逃げ出したはずあねえと思うんだが、野郎め畳のめどへでももぐったんでしょうかね」
またそう思われるのも無理がないので、出口出口の雨戸は厳重にかぎがかけられたままでしたから、とするならばいきおいまだ屋敷内に潜伏していなければならないはずでしたのに、へやべやを捜してみても、押し入れご不浄までのぞいてみても、どうしたことか杳《よう》としてその行くえがわからなかったものでしたから、とうとう弥三郎をのみにしてしまいました。
その言い方がいかにも伝六らしい比喩《ひゆ》でしたから、右門もほほえむともなくほほえみながら、しきりにあごのまばらひげをまさぐっていましたが、そのときはしなくも捕物名人の耳に伝ってきたものは、ざアざアという水の流
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