きのけるようにしながら駆けぬけると、案の定もう功を争いだしたものでしたから、おこぜのごとくカンカンになってしまったものは義憤児伝六でありました。
「それ、ご覧なせえまし、いううちに、もうじゃまだてを始めたんじゃござんせんか。だんなもあの江戸錦を洗ってみるお考えだったんでがしょう」
「そうだよ」
「なら、だんなのほうがひと足はええんだから、こっちへ玉をさらったらどうですか」
「まあそう鳴るなよ、鳴るなよ。おれの知恵は、いつだって出どころが違うじゃねえか。ほしいものならやっときな――」
それを右門はあくまでもすがすがしい大腹で、微笑を含みながら見ながめていましたが、そのときはからずも、いま出どころが違うといった右門のその明知の鏡にちらりと映じ写ったものは、そこのしたくべやの明け荷の前に、腕組みをしている一人の勧進元《かんじんもと》らしい年寄りでありました。青ざめ顔でしんねりむっつりと腕を組んでいる様子が、やはり今の珍相撲の一番に頭を悩ましてでもいるらしく思われましたので、右門は目ざとくもそれを認めると、あばたの敬四郎たち一党に気づかれないようにというつもりから、腰にしていた白扇をそっと抜
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