くびると命がないぞッ」
 おろかなところへ旗本風を吹かして、いっせいに抜き放ちながら刃ぶすまをこしらえましたので、右門はゆうぜんとふところ手をしたまま、微笑しいしい三人の太刀《たち》の構えをうち見守っていましたが、と……弥三郎はけっきょく笑止千万な鍍金《めっき》旗本でありました。右門のぶきみなくらいにゆうぜんとしたおちつきぶりを見て、とうてい三人の悪友だけではわが身の安全がおぼつかないと思ったものか、いきなり家の内めがけて逃げ出しましたものですから、もう事ここにいたらば、右門に待たれるものはおなじみのあの草香流のみです。どこか別の出口をたよって遠くへ逐電したらあとがめんどうと思いましたので、おもむろにふところから両手を出すと、ぽきぽきと小気味よげに節鳴りをさせていましたが、もうそれが鳴れば、草香流の物をいうのは実に一瞬のうちのことでありました。
「ちょっくら地獄までいって涼んできなせえよッ」
 叫ぶや、刃先の下をかいくぐって、右、左、まんなかと、疾風迅雷《しっぷうじんらい》の早さであっさり三人をのけぞらしておくと、さあ伝六ッとばかりに、弥三郎のあとを追って屋内深く駆け入りました。
 ところが、どうもこれが奇態です。先に駆け込んでいったとはいうものの、たった七足か十足ぐらいの相違でしたから、まだどこかに弥三郎がまごまごしていなければならないはずでしたが、天にもぐったか地にもぐったか、不思議とその姿が見えませんでしたから、例のごとくに伝六がまず音をあげてしまいました。
「まるでのみみてえな野郎だね。どこの廊下口も雨戸はちゃんと締まっているんだから、表へ逃げ出したはずあねえと思うんだが、野郎め畳のめどへでももぐったんでしょうかね」
 またそう思われるのも無理がないので、出口出口の雨戸は厳重にかぎがかけられたままでしたから、とするならばいきおいまだ屋敷内に潜伏していなければならないはずでしたのに、へやべやを捜してみても、押し入れご不浄までのぞいてみても、どうしたことか杳《よう》としてその行くえがわからなかったものでしたから、とうとう弥三郎をのみにしてしまいました。
 その言い方がいかにも伝六らしい比喩《ひゆ》でしたから、右門もほほえむともなくほほえみながら、しきりにあごのまばらひげをまさぐっていましたが、そのときはしなくも捕物名人の耳に伝ってきたものは、ざアざアという水の流
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