これと同じ品じゃが、それでも強情を言り張りますか!」
「えッ!」
 ぎょッとしながら、あわててそれなる秋楓といった御殿女中がふところ紙に手を添えたとたん!――まことに疾風迅雷《しっぷうじんらい》の早さでありました。右門があけに染まった証拠のふところ紙を右手に擬して、やにわに女の身近へにじり寄るや、判でも押し取るようにその紙切れを毒々しい紅殻《べにがら》染めのくちびるへ押しつけたと見えましたが、そこに古い紅跡と新しい紅跡が二つ並んで押されたのを知ると、女の心を突きえぐるようにいい叫びました。
「人のくちびるは千人千色、似たのは二つとないはずじゃ! しかるに、この二つの紅跡は、小じわの数までそっくり似ているではないか! これでもまだ右門と知恵比べすると申さるるか! たわけものめがッ!」
 まことに右門ならでは考えつかぬ意表を突いた証拠攻めですが、いわれたとおり新旧二つの紅跡を比較すると、げに小じわの数までが似たりも似たり、寸分たがわぬ一つのものの相似を示していたものでしたから、ここにいたって、いかに強情がまんの腰元もついに自白を余儀なくさせられたかに見られましたが、がぜん事件はそこから意外な結果を呼びまねきました。女が首筋までも青々と血色を失って、毒々しいそのくちびるをわなわなと震わせながら、なにやらもじもじとふところの中で片手を動かしていたようでしたが、実に彼女もまた電光石火の早さでありました。すでにここへ来るまえから隠し持っていたものか、ぎらり懐剣を抜き放ったかと見るまに、右門ほどの早わざ師ですらも止めるいとまのないほどの早さで、ぐさりとおのが乳ぶさに突き立てましたものですから、さすがの右門もあっと驚いて、殺してならじとその手を押えながら、ののしるごとくにしかりつけました。
「早まったことをいたしてなんとするか! すなおに申さば、ずいぶんと慈悲をかけまいものでもなかったのに、死なば罪が消えると思うかッ」
「いえいえ! 罪からのがれたいための自殺ではござりませぬ! 罪を後悔すればこそ、覚悟のうえのことにござります。それが証拠は、この内ぶところに書き置きがござりますゆえ、ご慈悲があらば今すぐお読みくださりませ!」
「なに、書き置き※[#疑問符感嘆符、1−8−77] では、もしこの右門を言いくるめえたら格別、かなわぬときは自殺しようと、まえから用意してまいったのか!」

前へ 次へ
全28ページ中20ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング