えッ、えれえッ。なにをなさっても、だんなのやることにゃ、そつがねえや。あの丸帯をお静坊に贈るたあ気がつきませんでしたよ。このとおり、あっしゃうれし涙がわきました――」
 伝六にも右門のゆかしさがわかったとみえて、がらッ八はがらッ八であっても、こやつがまた存外の人情家でしたから、ほんとうに往来なかで、栃《とち》のようなのをぽろぽろとやっていましたが、右門はべつにほめられるほどがものでもないといったような面持ちで、さっさと八丁堀《はっちょうぼり》のほうへ引き揚げていきました。

     2

 と――、帰ろうとしたその道の途中で、はしなくも右門の第十一番てがらとなるべき事件の発端が、突如として勃発《ぼっぱつ》したのです。いや、道の途中でというよりも、正確にいえば伝六が生島屋の店先で、あのとき、右門にしかられるような不必要と見える名のりをあげたからこそ、事件が向こうから右門のふところに飛び込んできたんですが、かどを曲がった近道伝いに八丁堀のほうへ帰ろうとすると、あわただしく追いかけてきて呼ぶ声がうしろにありました。
「そこのだんなさま! おふたり連れのだんなさま!」
 振り返ってみると、呼
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