告げました。
「松平|伊豆守《いずのかみ》様のお屋敷に、静と申すお腰元がいるはずじゃからな。こちらの名まえをあかさずに届けなよ」
言いおくと、右門と知って目引きそで引きしながら、いっせいにどよめきたったお客たちの視線をのがれるようにして表へ出ていきました。――お記憶のよいかたがたはいまだにお忘れないことと存じますからあらためて説明するまでもないことですが、右門がゆかしくも贈り主の名まえをかくして、かく高価な丸帯を惜しげもなくお歳暮に届けろと、店員に命じた相手のその静というのは、すでにお紹介しておいた六番てがらの継母《ままはは》事件で、右門に生まれてたった一度のごとき男涙をふり絞らしたあの孝女静のことです。その節、右門が声明しておいたとおり、世にも可憐《かれん》な孝女の孤児は、その後右門が親もととなって、伊豆守様のお屋敷奉公に上がっていますので、義を見てはだれより強く、情に会っては何びとより涙もろい人情家のむっつり右門は、年の瀬が迫ってきても、だれひとり人の世の親身な暖かさを与え知らすもののないこの可憐な孤児に、かくもゆかしく名まえをかくして、至愛の一端を示したのでありました。
「えれ
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