で、それがまたいっそう客足を呼んだものか、小田原町の通りまでいってみると、もう店先はいっぱいの黒山でありました。それらの黒だかりしている客の間を、少年店員が右往左往しながら、わめくようにあちらからもこちらからも呼び合いました。
「えい、一両で二十八文のおかえしイ」
「さらしの上物一反――」
「こちらは黄八丈のどてら地イ――」
 しかし、そのとき、ふと右門の目をひいたものは、そこの帳場ごうしの向こうにそろばんをぱちぱちとはじきながら、手が八本あっても忙しくてたまらないといいたげに、しきりに金勘定をやっている若者でありました。たぶん、それが今度親の跡めを継いだという生島屋呉服店の新当主陽吉にちがいないが、右門の目をひいたというのは陽吉のすばらしい美男子ぶりで、それがまた並みたいていの美男子ではなく、おなごにしてもこのくらいな上玉はそうたくさんあるまいと思われるほどな逸品でしたから、ついひかれるともなくそのほうへ目をひかれました。
 それと知って、ところかまわずがらッ八を始めた者は、例のとおりおしゃべり屋伝六で、こやつはほかのこととなるとご存じのようにいたってどじの伝六なんだが、どうしたこと
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