たのでござります」
「どうしてこんなになったかは、そちの胸に思い当たることがあるはずじゃ。ちと一見いたしたきことがあるから、職分をもって申しつくる。せがれの陽吉夫婦をすぐさまこれへ呼びよせろッ」
「えッ……!」
案の定、七郎兵衛はぎくりとなりましたが、右門のことばは間をおかないで、峻厳《しゅんげん》そのもののごとくに飛んでいきました。
「八丁堀同心近藤右門が、役儀の名によって申しつくるのじゃ、そうそうに呼びよせろッ」
七郎兵衛がしぶしぶと手を鳴らしながら陽吉夫婦を呼び招きましたので、右門は烱々《けいけい》とまなこを光らしながら、両名のはいりくるのを待ちうけました。
と――いまにしてはじめてみる、若主人陽吉夫婦は、いかにもいぶかしき一対でありました。夫たるべき陽吉が内輪に歩行を運び、妻たるべき新嫁《にいよめ》は大またに外輪だったのです。しかし、事はいやしくも犯してならぬ性の秘密にかかわっていましたので、念には念を入れるためから、一瞬、――右門は腰をひねって手だれの蝋色鞘《ろいろざや》をさッと抜いて放つや、そこにはいりきたろうとした陽吉の足もとめがけて、まずきらりとそれなる抜き身をさしつけました。玉散るやいばがおのが足もとに飛んできたんですから、いかで陽吉のいたたまるべき、ついわれを忘れたもののごとくに、あっとすそ前を散らしながら飛びのきました。
そのとたん! まことそれは伝六ならずとも見てならぬ目の毒でしたが、ちらりとすそ前下からさしのぞかれたものは、表こそ男のなりをよそうといえども、やはり大和《やまと》ながらの女性は女性のたしなみを忘れかねるとみえて、見るも悩ましく、知るも目にあざやかな紅の切れでありました。同時に、その赤色にまつわりからんで、雪なす羽二重はだのむっちりとしたふくらはぎが、神秘の殿堂はそこにあるといわぬばかりに、ちらりとさしのぞいたのです。と、いっしょでありました。返すやいばを電光石火の早さで、さッとまた突き出すと、そばに立ちすくんでいた陽吉の新嫁に、きらりさしつけました。一瞬、すそ前下から同じようにさしのぞかれたその足の、むくつけき毛もじゃらさかげんというものは、なんと笑止千万なことでありましたろう! 髪は文金の高島田に結いあげ、召し物帯いっさいが女の服装でありながら、一枚下はあきらかに男性だったのです。
早くもふたりの珍奇な秘密を看破するや、右門の口から鋭いののしりが発せられました。
「バカ者ッ。茶番狂言ではあるまいし、一生それで押し通すつもりじゃったか! ――さ、伝六ッ。駕籠《かご》をとばして、金助と、おきのどくな八郎兵衛どのとやらを大急ぎにつれてまいれッ」
伝六がまるくなって駆けだしましたものでしたから、右門はそのまに七郎兵衛の口からいっさいの秘密を自白させました。果然、事実は鳶頭金助の陳述したとおり、生島屋の奇妙な家憲に事を発し、七郎兵衛の設けた子どもも、兄の八郎兵衛の子どもと同様女でしたが、根が小欲に深い拝金宗の七郎兵衛はここに悪才を働かし、かく娘を男に仕立てて、名も陽吉と男名まえをつけながら、巧みに生島屋の六万両という大身代を私していたのでありました。
けれども、性の秘密はかく別ぶろをしつらえるほどの苦心をやって、うまうまと男に見せかけることができたにしても、偽りきれぬものは芽ぐみゆく人の春のこころです。女男の陽吉は、肉体の秘密をかくしながらも、自然の理法に従ってその円満な発育をとげましたので、妻ならぬ夫を選ぶことにたちいたりましたが、事は初めから不自然をあえて行なっていたんですから、選ぶべき配偶者にはたと行き詰まって、ついにおろかにも書画気違い長兵衛のせがれを女に仕立てて、かく十日まえに世人のまなこを瞞着《まんちゃく》しながら、男と女を入れ替えて、夫婦の契りを結ばせたのでありました。それというのも、長兵衛親子が、やはり欲得金づくからで、一生不自由しなければならないことを知りながら、かく窮屈な女に化けて、生島屋の六万両を目あてにこのような不自然きわまる和合を取り結んだのでしたが、そこにはしなくも大きな破綻《はたん》の原因となったものは、ほかならぬろうそく問屋長兵衛の狂気に近い書画収集癖でありました。鳶頭金助のいったとおり、生島屋七郎兵衛方に古画雪舟の名品が秘蔵されているのを知ったので、例のゆすり手を発揮しながら、せがれたちの秘密をもっけの急所におどしたてて、うまうま雪舟を巻きあげようとしたその一歩手前に、はからずも七十の老侠児《ろうきょうじ》金助のかぎ知るところとなり、事はさらにわれらの捕物侠者むっつり右門の手に移り渡って、かく今の今このひと間において、はしなくも人々の心をはらはらとさせたごとき、くしくも悩ましき男女鑑別の色模様となったのでありました。
さればこそ、見破られた本人た
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