家の内へひきずっていくと、いきなり小柄《こづか》をぬいて、おらがだんなの知恵はどんなものじゃい、というように大得意で伝六が持ち運んできたそれなるふすまを、ばりばりと注意深く引きさきました。といっしょで、果然上張りの一枚下からにょっきりと正体を現わしたものは、画面だけを切り抜いた名画雪舟の一幅でした。
「それみろッ。これがバカの小知恵というやつじゃ。なまじりこうぶって、こんなものの下張りに張り込んでおくから、余人は知らず右門の目にかかっては、隠しきれなかったのじゃ。さ! 神妙に申し立てろッ」
 だが――、かく歴然と現品は剔発《てきはつ》されているのに、この期に及んで鳶頭の金助は、その不敵無類なつらだましいが物語っているごとく、がんとして口をとじたままでした。それも犯行を自白しなかったばかりでなく、何がゆえにかような品を盗み出すにいたったか、石のごとくに無言でありました。
「たとえ口がさけても、このことばかりは断じて申されませぬ!」
 ただひとこといったきり、江戸っ子魂の意地の強さを眉宇《びう》にみなぎらしながら、厳として緘黙《かんもく》したきりでしたから、当然の帰結としてなんびとにもただちに想起される問題は、拷問火責めの道具ばかりとなりました。
 けれども、余人は知らずわがむっつり右門の得意としたところのものは、拷問火責めの荒道具を用いざるところにあったはずです。そのかわりに、たぐいまれな、安物でない明知という武器が残っていたはずでありました。さればこそ、そのときはからずもかれの胸中に思い出されたものは、生島屋の七郎兵衛が、特に右門ならばというように、念を押したあの一条のいぶかしい記憶でありました。それとともに思い合わされたものは、昼間生島屋を引き揚げる道の途中で、伝六に述懐したごとく、りちぎ者と名をとった公人の鳶頭が盗みを働く以上は、なにか深い根があるだろうといった、その推断でありました。それこれを思い合わしてみるに、案の定ぞうさのなさそうに見えた事件は、ここに及んでがぜん第二のなぞと秘密に包まれた雲霧の中に吸い込まれていきましたので、それみろ、いったとおりだったろう、と言いたげに右門はややしばしなにごとかをうち案じていましたが、それならそれでまた別な吟味方法でとばかり、ふいっと伝六に意表をついた命令を発しました。
「どこか近くの自身番に、座敷手錠があるだろうから、借りてきてはめときな」
「じゃ、ご番所へしょっぴいていくんじゃねえんですかい」
「鳶頭といや、とにもかくにも人の上に立つ人間だ。盗みの罪状は罪状にちげえねえが、これほどの分別ざかりな人間がやるからにゃ、なんぞ子細があるだろうからな。それに、お年寄りがこの寒空に火の種一つねえご牢屋《ろうや》住まいも身にこたえることだろうから、なるべくいたわってやんな」
「わかりやした。――みろッ、そこら辺のまごまごしているわけえ者、おらのだんなのなさるこたあ、このとおり、いつだってそつがねえんだぞ。後学のため、ちっとだんなのつめのあかでももらって煎《せん》じて飲みな」
 いつも変わらぬ右門のゆかしい一面をここにおいても見せましたので、すっかり伝六がわがことのように大みえをきりながら、さっそく命令どおり近くの自身番へ手錠を取りに駆けだそうとすると、まことに人は意気のものです。いや、げにこそ徳は孤ならずでありました。およそ世のこと人のことは、その人おのずからの心がら人徳によって、きのうの敵もきょうは味方になるとみえ、今まで江戸魂の意地張り強く、死しても口はあけじといわんばかりに、がんとして緘黙《かんもく》を守っていたそれなる鳶頭金助が、右門のつねに忘れぬいたわりと慈悲の心に、さしも強情の手綱がとけて、ころりと参ったものか、走りだそうとした伝六を呼びとめていいました。
「ちょっと、ちょっとお待ちなせえまし。こればっかりは口が裂けても申しますまいと思ってましたが、慈悲の真綿責めに出会っちゃかなわねえ。おわけえに似合わず、そちらのだんなは、あっぱれ見上げた男っぷりだ。あっしも江戸っ子|冥利《みょうり》に、すっぱりかぶとをぬぎましょうよ」
 うって変わって自白するといいだしたものでしたから、右門の喜びはいうまでもないことでした。
「そうか、それでこそそのほうも男の中の男|伊達《だて》じゃ。きいてつかわそう、どんな子細じゃ」
「ちっとこみ入った話でごぜえますから、よっくお聞きくだせえましよ。実は、生島屋のおおだんなに八郎兵衛《はちろべえ》っていうおにいさんがもうひとりごぜえましてね、そのかたが兄でありながら、あんまりおかわいそうなご沈落をしていなさるので、見るに見かねて、あっしがちっとばかり侠気《おとこぎ》を出したんでごぜえますよ」
「なるほど、さようか。ともかくも、人のかしらといわれるほどのその
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