、緞子《どんす》のすばらしい一本を選び出すと、宝の小づちを背負ってでもいるような顔つきで尋ねました。
「三十両がほどもするかね」
「いいえ、十八両でございます」
「ああ、そうか。ちっと物足らないが、では、これをいただきましょうかな」
まだ慶長小判が流通している時代の十八両なんだから、いいかげんなかど地面が買えるほどの金高ですが、しかるに右門は、ちっと物足らないが、といたって大きく出ながら、ちゃりちゃりとそこへ山吹き色を惜しげもなく並べると、念をおすように尋ねました。
「むろん、届けてくださるだろうね」
「へえい、もうすぐと伺わせまするでござります。おところはどちらさまで――」
ことごとくもみ手をしたのを見ると、伝六というやつはうるさいといえばうるさいが、一面また実にかわいらしいあいきょう者でありました。
「どちらさまとはなんでえい、なんでえい、江戸っ子にも似合わねえ、おらが自慢のだんなを知らねえのか、右門のだんなさまだよ、八丁堀の右門のだんなさまだよ」
いらざるところにいらざる自慢の名のりをあげたものでしたから、
「おいこら、伝六ッ――」
あわててしかっておくと、右門は届け先を告げました。
「松平|伊豆守《いずのかみ》様のお屋敷に、静と申すお腰元がいるはずじゃからな。こちらの名まえをあかさずに届けなよ」
言いおくと、右門と知って目引きそで引きしながら、いっせいにどよめきたったお客たちの視線をのがれるようにして表へ出ていきました。――お記憶のよいかたがたはいまだにお忘れないことと存じますからあらためて説明するまでもないことですが、右門がゆかしくも贈り主の名まえをかくして、かく高価な丸帯を惜しげもなくお歳暮に届けろと、店員に命じた相手のその静というのは、すでにお紹介しておいた六番てがらの継母《ままはは》事件で、右門に生まれてたった一度のごとき男涙をふり絞らしたあの孝女静のことです。その節、右門が声明しておいたとおり、世にも可憐《かれん》な孝女の孤児は、その後右門が親もととなって、伊豆守様のお屋敷奉公に上がっていますので、義を見てはだれより強く、情に会っては何びとより涙もろい人情家のむっつり右門は、年の瀬が迫ってきても、だれひとり人の世の親身な暖かさを与え知らすもののないこの可憐な孤児に、かくもゆかしく名まえをかくして、至愛の一端を示したのでありました。
「えれ
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