家の内へひきずっていくと、いきなり小柄《こづか》をぬいて、おらがだんなの知恵はどんなものじゃい、というように大得意で伝六が持ち運んできたそれなるふすまを、ばりばりと注意深く引きさきました。といっしょで、果然上張りの一枚下からにょっきりと正体を現わしたものは、画面だけを切り抜いた名画雪舟の一幅でした。
「それみろッ。これがバカの小知恵というやつじゃ。なまじりこうぶって、こんなものの下張りに張り込んでおくから、余人は知らず右門の目にかかっては、隠しきれなかったのじゃ。さ! 神妙に申し立てろッ」
 だが――、かく歴然と現品は剔発《てきはつ》されているのに、この期に及んで鳶頭の金助は、その不敵無類なつらだましいが物語っているごとく、がんとして口をとじたままでした。それも犯行を自白しなかったばかりでなく、何がゆえにかような品を盗み出すにいたったか、石のごとくに無言でありました。
「たとえ口がさけても、このことばかりは断じて申されませぬ!」
 ただひとこといったきり、江戸っ子魂の意地の強さを眉宇《びう》にみなぎらしながら、厳として緘黙《かんもく》したきりでしたから、当然の帰結としてなんびとにもただちに想起される問題は、拷問火責めの道具ばかりとなりました。
 けれども、余人は知らずわがむっつり右門の得意としたところのものは、拷問火責めの荒道具を用いざるところにあったはずです。そのかわりに、たぐいまれな、安物でない明知という武器が残っていたはずでありました。さればこそ、そのときはからずもかれの胸中に思い出されたものは、生島屋の七郎兵衛が、特に右門ならばというように、念を押したあの一条のいぶかしい記憶でありました。それとともに思い合わされたものは、昼間生島屋を引き揚げる道の途中で、伝六に述懐したごとく、りちぎ者と名をとった公人の鳶頭が盗みを働く以上は、なにか深い根があるだろうといった、その推断でありました。それこれを思い合わしてみるに、案の定ぞうさのなさそうに見えた事件は、ここに及んでがぜん第二のなぞと秘密に包まれた雲霧の中に吸い込まれていきましたので、それみろ、いったとおりだったろう、と言いたげに右門はややしばしなにごとかをうち案じていましたが、それならそれでまた別な吟味方法でとばかり、ふいっと伝六に意表をついた命令を発しました。
「どこか近くの自身番に、座敷手錠があるだろうから、
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