きはらっていなさるところをみると、急にここまでやって来てほしが狂ったんですかい」
すると、右門がうるさいといわんばかりに、ずばりと答えました。
「人を見て法を説けというやつだよ。かりそめにも、に組の鳶頭っていや、侍にしたら城持ち大名ほどの格式じゃねえか。高飛びすりゃしたで顔がきいているからすぐにわかるし、また江戸っ子のちゃきちゃきが、そんなぶざまなまねもしめえじゃねえか。大船に乗った気で、晩のおかずの心配でもしなよ」
女もいらじ、金もいらじ、ただのぞむものはおいしいものばかりといいたげに、ごくおちついていたものでしたから、伝六もそれっきりむだな問いを発しませんでしたが、しかし、そう見えながらむっつりとおし黙って、例のおなじみのあごひげをまさぐりまさぐり、不断になにごとかを考案くふうしているのが、いつもながら捕物名人の癖です。果然、なにごとかくふうがついたとみえて、その夜のかれこれもう二更すぎたころでした。
「さ、伝六! お出ましだッ」
むくりとこたつからはい出ると、おおかた人々が寝に就こうというそんな夜ふけに、ふいっと外出のしたくを始めましたものでしたから、ぎょうてんしたのはいうまでもなく伝六です。
「この寒いのに、正気ですかい」
「正気でなくてどうするかい。火事は、寒い暑いにかかわらず、燃えるときが来りゃ燃えるんだよ」
「えッ? どっかで今、半鐘でも聞こえるんですか」
「あいかわらずどじを踏みだすと、感心してえほど連発するな。いま半鐘が鳴っているっていうんじゃねえんだよ。このからッ風じゃいつ火事を出すかわからねえから、そろそろ出かけようっていってるんだ」
「禅の問答みたいなことおっしゃいますね。よしんばからッ風が吹いているにしても、だんなやあっしが火の番でもねえのに、なにもうろうろするにゃ当たらねえじゃござんせんか」
「決まってらあ。おれたちが火事見回りに行くんじゃねえんだよ。火事が出そうなこんな晩にゃ、火消しや鳶《とび》人足はうちをあけずに寝ず番で起きているから、おおかた金助ももう外出から家へけえっているにちげえねえっていってるんだ」
「な、なるほどね。目のつけどころが凝ってらあ。いかにも金助め、この風じゃ心配になって、うちにいるにちげえねえでがしょう。では、また駕籠《かご》ですかい」
「寒い風に当たるのも一つの修業じゃ。歩いて参ろう」
いうや雪駄《せっ
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