は、いましがた出入りの鳶頭《とびがしら》が参りましてな、つい十日ほどまえにてまえのせがれが嫁をめとりましたので、その祝儀じゃと申しまして、この新画の幅をくれたものでござりますから、さっそくこれと雪舟とを掛け替えて鳶頭とふたりでながめておりましたら、そのまに取りはずしておいた雪舟が、いつか消えてなくなったのでござりまするよ」
「ほほう。では、その間だれもこのへやへははいらなかったというのじゃな」
「ええ、もうはいるどころではござんせぬ。てまえと鳶頭がちゃんとここについていましたのに、あとで気がつきましたら、雪舟だけがなくなっていたのでござります」
「なに、あと……? あとと申すと、鳶頭が帰ってからのことじゃな」
「へえい。いつも気ぜわしげな男で、すぐに帰りましたゆえ、うちのものに玄関まで送らせまして、ふと気がつくと、もう雪舟が消えてなくなったのでござります」
「すると、なんじゃな、もし疑いをかけるなら、その鳶頭とやらが怪しいわけじゃな」
「ところが、それが大違いでござります。に組の金助といや古顔の鳶頭でござんすから、だんながたもご存じだろうと思いまするが、てまえの家はもう先代からの出入りで、今年七十になるまでただの一度も人からうしろ指さされたことのないっていうりちぎ一方の江戸っ子なんでござりますから、疑うどころか、怪しい節一つないんでござりまするよ。それに、てまえがその間座をはずしたとか、ご不浄にでも立ったとか申しますなら、鳶頭にも疑いがかかるんでござりますが、なんしろ来るから帰るまで、ちゃんとてまえがこの二つの目で見張っていましたのに、雪舟だけが消えてなくなったんでござんすから、どうにも解せないのでござります」
――事実としたら、いかにもこれは奇怪至極な盗難事件というべきでした。紛失した雪舟の名画が、まるめてふところにでもはいる品だとか、あるいはちょいとたもとの中へでも失敬できるような小さな品でしたら、ずいぶんとまだ疑いようもあるわけなんですが、なにをいうにも、たった今しがたまで床に掛けてあった幅物の、いたってかさばる品なんですから、いかさまこれは不思議千万な話というべきでした。しかも、唯一の容疑者というべきそれなる鳶頭の金助なる者が、いうとおりのりちぎ一方な江戸っ子で、あまつさえ先代からの古い出入りだったというにおいては、だれかキリシタン・バテレンの密法でも使う
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