事実なんだから、もし五人の者がもう少しむっつり右門の名声に親しかったらそんな向こう見ずもしなかったのでありましょうが、いうように仲間を討たれたさか恨みに思い上がってでもいたのか、それともまた、せっかくくふうした商売を妨げられた恨みに破れかぶれとなっていたものか、あるいはみずから名のったごとき南部藩食いつめの、放蕩無頼上がりという愚にもつかない肩書きにうわずっていたものか、中なるひとりを中心に、左右ふたりずつ両翼八双の刃形をつくりながら、ひたひたとつまさき立ちで押し迫ってきたものでしたから、右門はついに一声鋭く叫びました。
「バカ者ッ、そんなに死にたいかッ」
 同時におどり入りざま、ひと腰ひねった奥義の一手は、これぞ右門がみずから折り紙をつけた錣正流《しころせいりゅう》の居合い切りです。二寸からだが動けば三人の命は飛ぶぞと威嚇したとおり、すでに左の両三名はたっぷり右門の細身に生き血を吸われて、だッと声もなくそこにのけぞったところでありました。いっしょに泳いで切りさげたふたりの太刀《たち》を、間髪の間にうしろへ流しておくと、右門は片手中段に構え直しながら、その蒼白《そうはく》の美貌《びぼう》に莞爾《かんじ》とした笑《え》みをみせて、静かに叫びました。
「どうじゃ。まだ業物《わざもの》が血を吸い足らぬというているぞッ。どこからかかってくるかッ」
 そして、じっと呼吸を静めながら、二本の刃に向かってじりじりと押し迫っていきました。なんじょうそれが避けえられましょうぞ。誘いのすきとも知らずに、右門のわざと見せた小手のみだれへ、あせりながら相手がつけ入ってきたので、太刀風三寸の下に左へぱっと体を開くと、一閃《いっせん》するや同時に、右門のここちよげな叫び声がきこえました。
「ざまをみろ! いっしょに地獄へいって舌でも抜かれるがいいや!」
 とたんに、どっとまた人がきからは賞賛の声があがりました。
 しかし、右門は切ってしまうと同時に、突然悲しげな表情をうかべました。むしろ愁然として、ややしばしそこに切り倒された五人の者のあけに染まった骸《むくろ》を見守っていましたが、ふとうしろの熊仲、黙山両人をかえりみると、つぶやくようにいいました。
「自業自得は自得じゃが、でも、思わぬ罪を重ねたな。さいわい、そなたたちは仏道に仕えている者たちじゃ。わしに代わって、よくこの者どもの菩提《ぼだい》をも弔ってつかわせよ」
 そして、みずから手を添えてやると、たとえ自業自得に倒れた者たちではあっても、いったん死者の数にはいったものは、このうえ恥ずかしめてはならぬというかのように、そこの小屋からむしろを取りはずしてきて、六つのあさましい骸《むくろ》へおおいかぶせてやりました。
 ――並み居る見物人は、抜いてもあざやかであるが、切ってもまた、最後まで右門らしさを失わないその人がらのゆかしさに、いまさらのごとく胸を打たれたとみえて、いっせいに感嘆のどよめきをみせました。
 右門十番てがらは、かくしてその捕物《とりもの》秘帳に、最初の血で描かれた美花をさらに一つ添えて、いよいよ次の第十一番てがらにうつることとなりました。



底本:「右門捕物帖(一)」春陽文庫、春陽堂書店
   1982(昭和57)年9月15日新装第1刷発行
入力:tat_suki
校正:はやしだかずこ
1999年12月21日公開
2005年7月1日修正
青空文庫作成ファイル:
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