ら駒《こま》が出たというやつじゃな」
 意外にもにらんだほしは全然の見当違いであったことがわかりましたものでしたから、右門はおもわず吐き出すようにいうと、からからとうち笑いました。
 けれども、いうがごとくにひょうたんから駒は出たかもしれませんが、ここにいたって、いよいよ迷宮にはいってしまったものは鉄山殺しの犯人自体です。熊仲《くまなか》と思ったそのクマが実は熊仲《ゆうちゅう》のユウであったとすれば、自然ここにもう一度鉄山の死にいくとき漏らしたというくま[#「くま」に傍点]についての詮議《せんぎ》を進め直さなければなりませんが、と――そのとき今はクマナカ和尚《おしょう》ではなく、ユウチュウ和尚となったそれなる女犯僧が、もじもじといいよどみながら、ふと右門にことばをかけました。
「まちがいとおわかりでしたら、実はだんなにおりいってのご相談がござりますがな」
「なんじゃ」
「もう二度とかような女犯は重ねませぬによって、今度のところはお目こぼしを願いたいものでござりますがな」
「虫のよいことを申すな。女犯の罪は出家第一の不行跡じゃ。おって寺社奉行のほうに突き出し、ご法どおり日本橋へさらし者にしたうえ百たたきの罰を食わしてやるから、さよう心得ろ」
「いいえ、ただでとは申しませぬよ。だんなのお捜しになっていらっしゃる鉄山殺しの下手人に思い当たりがござりますので、それを引き換えにしていただきとうござりまするが、いけませぬかな」
「なにッ? では、きさま、その下手人をよく存じていると申すのか」
「知らいでどういたしますか、兄の鉄山も、そこの黙山も、もとはといえばてまえが門前に行き倒れとなっているのを拾いあげたのでござりまするよ」
「それは何年ごろじゃ」
「忘れもしないちょうどおととしの秋でござりましたが、朝からひどい吹き降りのした晩でござんしてな、檀家《だんか》の用を済ましておそく帰ってくると、兄弟が旅の装束のままで門前に行き倒れとなっていたのでござりますよ」
「すると、生まれは江戸の者ではないのじゃな」
「へえい。南部藩のご家中で、どういうものかおじいさまの代から浪人をしていたとか申してでしたが、きいたらかたき討ちに来たと、このようにいうのでござりますよ」
「なに、かたき討ち? では、なんじゃな、もうそのとき、このいたいけな兄弟たちは、なみなみならぬ素姓なのじゃな」
「へえい、さようで。そこの黙山はまだ七つくらいでしたから何も存じませなんだようでしたが、兄の鉄山は九つか十でござりましたから、いろいろ手当をすると、いま申したようにかたきを捜して、江戸へ来たといいましたのでな、だれのかたきだと尋ねましたら、姉だというのでござりまするよ」
「では、親たちを国に残してきたというのじゃな」
「いいえ、それが早く両親に死に別れて、姉と三人兄弟だったというんですがな」
「するとなんじゃな、よくある横恋慕がこうじて、つい手にかけたとでもいうのじゃな」
「たぶんそうでござりましょう。おねえさまは南部のお城下で、お殿さまさえもがおほめになった小町娘だったというてでござりましたからな」
「女のこととなると、感心にくわしいことまで覚えているな」
「ご冗談ばっかり――。だから不憫《ふびん》と存じましてな。このようにひとまず兄弟とも出家をとげさせたうえで、てまえが今まで手もとにさし置いたのでござりまするが、するとつい死ぬふつかまえでござりました。夕がた兄の鉄山に門前をそうじさせていましたら、いきなり血相を変えて駆け込んでまいりましてな、かたきが今くまを連れて門前を通ったと、このようにいうのでござりますよ」
「なに、くま※[#感嘆符疑問符、1−8−78] どんなくまじゃ」
「生きた二匹のくまを大きな檻《おり》に入れて、そのそばに南部名物くまの手踊りと書いた立て札がしてあったと申しましたから、思うにくまを使って興行をして歩く遊芸人の群れだろうと存じますがな」
「なるほどな、またとない手がかりじゃ。して、そのとき鉄山はいかがいたした」
「だから、すぐにも飛び出しそうにしたゆえ、てまえがきつくしかっておいたのでござりまするよ。なにをいうにもまだ十二やそこらの非力な子どもでござりますからな、もし早まって返り討ちにでもなったらたいへんだと存じましたので、もう少し成人してから討つように堅くいいきかせておいたのでござりまするが、やっぱり子どもにはきき分けがなかったのでござりましょう。ちょうどあのけがをして帰った日のことでござります、お恥ずかしいことですが、これなる女のもとへ使いによこしましたところ、その帰り道かなんかで、またまたくまを連れたかたきを見かけ、てまえの堅くいいおいたことばも忘れて、むてっぽうに名のりをあげたために、ついついあのような返り討ちに会うたのではないかと存じます
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