でしたから、慈悲、侠気《きょうき》、名声広大なむっつり右門ならば、思いきってそのふところにすがりついてみようという決心がついたものか、ようやく女は秘密の告白に取りかかりました。
「そうとは知らず、わちきにも似合わないお見それをいたしました。では、何もかも申しまするが、実は、あのだんなさんも、清吉さんも、ただの素姓ではござりませぬ」
「と申すと、なんぞうしろ暗い素姓ででもござるか」
「はい、浪花《なにわ》表で八つ化け仙次《せんじ》といわれている人が、なにを隠そう、わちきのだんなさんざます」
呉服屋専門の凶賊で、神出鬼没、変装自在なところから八つ化け仙次と称されて、もう長いことおたずね中にかかわらず、いまだにお手当とならないことを、同じ蛇《じゃ》の道で右門も耳に入れていましたものでしたから、はからずも女のいった陳述により、意外なことから意外な大捕物になりかけたことを心中右門も喜んで、ずんずんと女に告白を迫りました。
「すると、清吉さんもその手下だというのじゃな」
「それが芯《しん》からの悪仲間でござりましたら、わちきとてなじみはいたしませぬが、仙次さんのたくらみにかかって、ふたりとも今のように苦しめられ通しでありいすから、あんまりくやしいのでござります」
「では、なじみとなるまえ、清吉さんは真人間だったと申さるるか」
「真人間も真人間も、あの人がらでもわかるように、それまでは浪花表のさるご大家で、人の上に立つお手代衆でござりましたのを、思い起こせばもう三年まえでござります。わちきが廓《くるわ》へはいりぞめ、そのおりちょうど清吉さんも商用で江戸表に参られて遊里《さと》へ足をはいりぞめに、ふと馴《な》れそめたのが深間にはいり、それからというもの江戸に来るたびわちきのもとへお通いなさりましたが、そのうちにとうとうあのかたも行きつくところへ行きなまして、大枚百両というご主人のお宝を、わちきのためにつかい込みましたのでござります……」
「では、その百両の穴を八つ化け仙次が救ってでもくれたと申さるるのじゃな」
「はい、それもただのお恵み金ではありいせぬ。仙次さんもあちらで盗んだ品を江戸へさばきに来るうちときおりわちきのもとへお通いなさりましたが、たとえ遊女に身はおとしていても、おなごに二つの操はないと存じましたので、柳に風とうけ流していたのに、執念深いとはきっと、あの人のことでござりましょう。たまたま清吉さんが百両の穴に苦しんでいると聞きつけ、男を見せたつもりでわちきにお貸しなされまして、そのかわりに操を買おうとなされましたが、でもわちきがなびこうといたしませなんだので、とうとう今度のような悪だくみをしたのでござります」
「すると、なにか、百両貸してもそなたがはだを許さなかったために、むりやり身請けをしてしまったと申すのじゃな」
「いいえ、お目きき違いでござります。身請けされましたのは、わちきが進んでお頼み申したのでござります」
「なに、進んで? それはまた異なことをきくが、それほどきらいな男に、そなたが進んでとは、どうしたわけじゃ」
「仙次さんがあまり清吉さんを苦しめたからでござります」
「どのような方法で苦しめおった」
「金で買ってもわちきがなびかないゆえ、その償いにといっておどしつけ、とうとう無垢《むく》の清吉さんに恐ろしいどろぼうの罪を働かさせたのでござります」
「なるほど。それで、そなたたちふたりとも、申し合わせたように秘密を守っていたのじゃな。よし、おおよそもう話はあいわかったが、ときにその盗ませたとか申す品物はなにものでござった」
「それがだいそれた品を盗ませたのでござります。清吉さんがお勤めのお店にはご身代にも替えがたい品で、昔|豊太閤《ほうたいこう》様から拝領しなましたとかいう唐来の香箱なのでござります。それも、盗ませるおりに、もし首尾よくその香箱を持ち出してきましたならば、あのときの百両は帳消しにしたうえで、このわちきをももう執念《しゅうね》くつけまわすようなことはせぬといいなましたので、つい清さんも気が迷うたのでござりましょう。うかうか盗み出してきたその香箱をうけとると、急に今度は仙次さんがいたけだかになりまして、おまえもいったん盗みをしたうえは、もう傷のついたからだだと、このようにいうておどしつけ、そのうえになおわちきにも約束をたがえて、いろいろとしつこくいいよりましたので、清吉さんの身は詰まる、わちきも身は詰まる、いっそもうこうなればと心を決めまして、わちきが進んで身請けされたのでござります。そうやって敵のふところに飛び込んだうえで、おりあらば香箱を奪いとり、清さんの身の浮かばれるようにと思うのでござりましたが、相手も名うての悪党だけあって、なかなかわちきなぞの手にはおえませんので、それを苦にやみ思いつめて、おかわいそうに、とうとう死ぬ気にもなられたのでござりましょう――思えば、それもこれも、みんなわちきゆえからできたこと、ふびんでふびんでなりませぬ……」
いうと、美女薄雪はその愛の深さを物語るように、こらえこらえて忍び音に泣きくずれました。
しかし、右門は聞いた以上もう猶予すべきはずはないので、凛《りん》としながらいいました。
「よしッ、むっつり右門が腕にかけてもひっくくってやろう! すぐさま案内されい!」
「えッ! では、あの、ではあの、わちきたちの命を救ってくださりまするか!」
「聞いちゃほっておかれねえのがわしの性分じゃ。ふざけたまねしやがって、このうえおひざもとを荒らされたんじゃ、江戸一統の名折れではござらぬか。ついでに、その香箱とやらも取り返してしんぜようが、いま仙次の野郎は在宅でござるか」
「今は不在でござりまするが、暮れ六つまえには帰ると申しましたので、おっつけもうそのころでござります」
「さようか。では、張り込んでてやろう。さ、伝六! ひょっとすると、きさまの十手にものをいわさなくちゃならねえかもしれんから、土性骨を入れてついてきなよ」
かりにも浪花表で八つ化け仙次といわれている以上は、草香流ばかりではいけないかもしれないと思いましたものでしたから、ここに捕物《とりもの》を重ねること第九回、いまぞはじめて腰の一刀にものをもいわせようというかのように、蝋色鞘《ろいろざや》細身のわざものにしめりをくれておくと、さっそうとして立ち上がりました。
4
行きつくと幸運でした。早めに帰宅したものか、そこの茶の間の長火ばちの向こうに、どっかりとおおあぐらをかいて、八端《はったん》のどてらにその醜悪な肉体を包みながら、いかさま上方くだりの絹あきんどといったふうに化け込んで、当のその八つ化け仙次がやにさがっていたものでしたから、右門はずいと座敷へ上がっていきました。
しかし、上がると同時にちょっとまた意表をついたので。当の相手がそこにのめのめとやにさがっているんだから、すぐにも飛びかかるだろうと思われたのが、意外にも右門はくるりひざをまくると、伝法に長火ばちのこちらへおおあぐらをかいて、同じく伝法に、不意と妙な啖呵《たんか》をきりだしました。
「八つ化けの仙次さんとやら、お初でござりますね。聞きゃ、こちらへお越しで、いろいろおひざもとを食い荒らしていなさるそうだが、あんたは江戸に、ご家人の右衛門介《うえもんのすけ》っていうならずもののあっしがいることお耳にゃしなかったかね」
みずから無頼漢と名のる妙な男がぬうとはいってきて、いかにも度胸がよさそうに、いきなりくるりとひざをまくりながら、気味わるくにたりにたりとやって、突然八つ化け仙次とずぼしをさしたものでしたから、相手はおもわずぎょっとなったようでしたが、いっこうにおちつきはらっているのは右門です。度胸のよさがどの程度のものかわからないといったように、にたりにたり笑いながら、ますます伝法なことばをつづけていきました。
「いや、不意にとび込んできたんだから、びっくりなさるなあ無理ゃござんせんがね。なあ、八つ化けの仙次さん、あんたは見くびってのことかしらねえが、江戸のならずものぁ贅六《ぜいろく》のぐにゃぐにゃたあ、ちっと骨っぷしのできが違ってますぜ。聞きゃ清公をおどかしつけて香箱をまきあげ、あまつさえそこにいるあっしにゃ妹分の薄雪をしつこくつけまわっていなさるというが、こうと聞いちゃあとへ引かねえご家人の右衛門介が、わざわざお越しなすったんだ。ね、おい、八つ化けさん、すっぱり気よく色をつけてもらおうじゃござんせんか」
いいながら、しきりとじろじろあたりを見まわしました。実は、このじろじろとあたりを見まわしたのが右門流の手なんで、それというのはあの香箱をどこにかくまってあるか、それが第一の懸念だったからです。召し取ることはよいが、相手も相当名を売ったやつなんだから、もし刀にものをいわせるようなことになって、そのまま命を奪ってしまうようなことになれば、せっかく虎穴《こけつ》に入って、貴重な虎児《こじ》を取り逃がしてしまったのでは、また捜し出すまでの手数がいると思われましたものでしたから、召し取るまえにその隠匿個所をつき止めておこうと、そのためにありもせぬご家人の右衛門介にまで化け込んで、何かと時を引き伸ばしながら、じろじろとへや内を見まわしたのでしたが、しかしこういう場合、その目のつけどころがまたあくまでも右門流です。たいていの捕方《とりかた》だったら、品物が品物だからおそらくたんすか長持ちといったような貴重品の入れてある家財道具に着目すべきところを、右門は例のごとくその逆のからめてをたどって、なるべくなんでもなさそうなところ、くだらないちょっとしたところというような個所にばかり、鋭い視線を働かせていきました。
――と、はしなくも、その鋭い視線のうちにいぶかしくも映じたものは、床の間の隣の妙な壁です。本式な床なら格別、普通の略式なお座敷であったら、まず一間の床があって、その隣にはからかみ二本の押し入れでもが設けられてあるのがあたりまえですが、しかるに、それなる茶の間の奥の座敷を見ると、床は床であってもその床の隣の押し入れであるべきところが、妙なことに出っ張った土壁なのです。引っ込んだ土壁ならばまだよろしいが、壁をもってふさいだ押し入れのように、そこの一間が出っ張っていたものでしたから、なんじょう右門の慧眼《けいがん》ののがすべき、臭いなと思ってすっくと立ち上がりながら近づいていって、こころみにたたいてみると、果然出っ張った土壁の奥は空洞《くうどう》らしく、ぼんぼんと陰にこもった響きでありました。
と――そのとたんです。
「聞いたこともねえ名まえをぬかしやがって、おかしな因縁つけやがると思ったから黙っていわしておいたが、さては八丁堀のやつらじゃな」
仙次もさる者、それと見破ったもののごとく、がぜん敵意を示してきましたものでしたから、今ぞ莞爾《かんじ》としてうち笑ったのは右門でした。
「ようやくわかったか。ついでに名まえも聞かしてやらあ。おれがいま八丁堀でかくれもねえむっつり右門だ!」
「うぬッ、きさまだったか。こうなりゃもう百年めだ。黙ってさっき聞いてりゃ、ぐにゃぐにゃの贅六《ぜいろく》なんかときいたふうなせりふぬかしゃがって、とれるものならみごととってみろッ」
いうやいなや、かたわらの中わきざしを引きよせて、ぎらり秋水にそりを打たしながら八つ化け仙次が立ち上がったものでしたから、それぞ右門の期したるところ。さらに莞爾としてうち笑《え》むと、いとも涼しげに言い放ちました。
「無手なら草香流、得物をとらば血を見ないではおかぬ江戸まえの捕方《とりかた》じゃ、それでも来るか!」
「行かいでどうするッ。いざといわば仕掛けのその壁へかくれて、まんまと抜け裏へ逃げるつもりだったが、そいつを気づかれたんじゃ、八つ化け仙次も運のつきだ。さ、そっちのひょうげた野郎もいっしょにかかってこい!」
案の定、秘密の壁を右門に発見されたことによって、もう仙次はやぶれかぶれか、庭の土間先に逃げ口をふさぎながらがんばっていた伝六にまでもいどんできたので
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