かしゅうござります……ついここの清さんばかりには心からほだされまして、守りの帯も解いてしまいました。――でも、ここの主さんをのぞいては、百万石を積まれてもだれひとりなびいた殿御はござりませぬ。身請けされた仙次さんなぞはいうまでもないこと、一つ家に十日あまり暮らしていても、指一つふれさせないで、主さんにさし上げたこのはだは守り通してござります」
おどろくべき貞操修業者の告白をきいて、右門はいまさらのごとくにその清楚《せいそ》とした遊君薄雪のあでやかさを見つめていましたが、いつにもないことをふいと感慨深げに漏らしました。
「そうか、それは惜しいことをしたな。そなたのようなかたがいると知ったら、わしも清吉どんの果報に少しあやかればよかったにな――」
ふたりが恥ずかしげに顔を伏せていきましたので、右門が追っかけていいました。
「さ、もうこれでわしの仕事は終わった。清吉どんは早くもとの無傷なからだになって、今度はふたりで夫婦達磨《めおとだるま》の修業をする義務があるゆえ、その香箱を携えて、こよいのうちにも上方へともども出立いたされよ」
なんで若きふたりの喜ばないでいられるべき、おどり狂うようにして右門に感謝の意をのこしながら、すぐと江戸をあとにいたしました。――そのうしろ姿にしぐれそぼふる九月末の、ふけまさった秋の夕やみが、そくそくと迫っていきました。
右門九番てがらは、かくて終わりを告げるしだいです。
底本:「右門捕物帖(一)」春陽文庫、春陽堂書店
1982(昭和57)年9月15日新装第1刷発行
入力:tatsuki
校正:Juki
2000年5月24日公開
2005年7月1日修正
青空文庫作成ファイル:
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