「四十五、六のあぶらぎった野郎――と申しちゃすみませんが、人ごとながら、あんなべっぴんにゃくやしいくらいな、いやな男ですよ」
「商売はなんじゃ」
「上方の絹あきんどとか申しやしたがね」
 予期しなかった一語を聞いたものでしたから、同時に右門の目がぴかりと光りました。これはまた光るのが当然なんで、甲州の絹商人とか、伊勢崎《いせざき》の銘仙《めいせん》屋とかいうのなら聞こえた話ですが、上方の絹商人とはあまり耳にしないことばでしたから、早くもいっそうの疑いを深めて、さらに屋内の様子を尋ねました。
「それなる亭主は、いつごろ在宅じゃ」
「さよう――ですな、夜分はいるようですが、昼のうちはたいてい不在のようでございますよ」
「そうか。では、すずりと紙をかしてくれぬか」
 求めた二品を受け取ると、右門は即座にさらさらと次のような文面を書きしたためました。
「――事急なり。会いたし。かどのすずめずしにてお待ちいたす。清の字」
 だが、書きおわるとややしばらくなにごとかをうち案じていましたが、すぐとまたそれを引き破くと、あらためて久庵に命じました。
「いや、おまえの口からじかに言ってもらおう。心きいた女ならば、偽筆ということ看破しないともかぎらないからな。あの家へいって、もしいま亭主がいないようだったら、女にこっそりというんだぞ。清吉さんから頼まれての使いだが、あそこのかどのすし屋で待っているから、ちょっくら顔を貸しておくんなさいとな。もし、そのとき女が清吉の人相をきいたら、二十三、四の小がらな男だというんだぞ。――いいか、そら、少ないがお使い賃じゃ」
 小銀を一粒紙にひねって渡したものでしたから、何もかせぎと思ったものか、目あき按摩の久庵はほくほくしながら駆けだしました。
 さて、もうここまで事が運べば、それなる達磨《だるま》を好いた花魁《おいらん》薄雪の来るか来ないかが、右門の解釈と行動の重大なる分岐点《ぶんきてん》です。彼女が清吉の名による呼び出しにすぐにと応ずるぐらいだったら、あれなる若者を苦しめて縊死《いし》を決行させるにいたった原因は、あの疑惑中の人物上方の絹商人ひとりにあるに相違なく、もしまた彼女が今の呼び出しに応じないで、少しでも清吉という名まえから逃げのびようとするけはいがあったら、断然女も上方の絹商人と同腹にちがいないと思われましたものでしたから、そのときはこ
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