も抜いていねえな」
 のみならず、つら憎そうなせせら笑いを残すと、手下の者三人を引き連れて、揚々と過ぎ去っていったものでしたから、せっかくこれまで証跡を洗い出していたのに、いま一歩という手前でみんごと先鞭《せんべん》を打たれましたので、常勝将軍の右門もおもわず歯ぎしりをかんでしまいました。それも、洗った証跡があばたの敬四郎と一致していなかったならば、まだ右門一流の疾風迅雷的な行動と、人の意表をつく機知奇策によって、多分に乗ずべきすきがないでもなかったが、恒藤権右衛門を理由なくして虐殺したことすらも、刀屋でわきざしを買いととのえた事実とともに総合してみれば、中仙道へ走るための路用金略奪に行なった犯跡に考えられましたものでしたから、これではもう右門とてさじを投げるより道はないので、加うるにご奉行のお手札までも、すでにあばたの敬四郎に占取されていることがわかったものでしたから、回天動地の大事件ならば格別、たったひとりの破牢罪人ぐらいのめしとりで、そう何人もの出動は許されないことを知っている右門は、とうとう苦笑して、つぶやくように言いました。
「珍しいこともあるもんだ。おれがあばたのやつに負か
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