ょうかぎりあっしにおいとまをくだせえまし……そして、そして、早くだんなも美しい奥さまをお迎えなさいましよ。なにより、それがあっしの気がかりでござんすからね。草葉のかげでお待ちしましょうよ……」
 面に真情あふれた一句一句に、したたか右門も心を打たれながら、しばらくじっと伝六のくやしさに嗚咽《おえつ》するその男涙をうち見まもっていましたが、しかし右門はつねに右門でありました。不意に、かんからと大笑すると、光風|霽月《せいげつ》な声音でいいました。
「虫けらみたいな了見のせめえ野郎を相手に、刺し違えたってしようがねえや。それより、はぜつりにでもいこうぜ」
「えッ。じゃ、じゃ、だんなはどうあっても、あっしにおいとまをくださらないんですかい!」
「あたりめえだ。非人を横取りされたからって、なにもまだ勝負に負けたわけじゃねえんだからな。品川辺へでも夕づりに出かけようよ。ざらにつれるさかなだから、みんな小バカにしているようだが、秋口のはぜのてり焼きときたら、川魚みたいでちょっとおつだぜ」
「でも、そんなのんきなまねをしなすって、もしあばたの野郎にてがらされっちまったら、だんなまでがいい恥さらしじゃ
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