づきましたから、鋭く右門が杉弥に命じました。
「さ! このあいだに、あの両名の腰のものをお改めめされよ!」
はじめてわかったもののごとく、杉弥が駆けだして、伝六のさし出した龕燈《がんどう》の下に中身を改めていましたが、と、まもなく歓声が上がりました。
「ござりました、ござりました。兄の要介めが帯びていたこれなる一腰の刀身、たしかに見覚えの村正にござります」
きくと同時に、右門が水の上へ叫びました。
「百合江どの、百合江どの! 杉弥どののご難儀は救われましたぞ!」
さて、もうあとはぞうさがなかったのです。根が深い悪心のあったことではなかったものでしたから、要介は神妙にすぐ自白をいたしました。
それによると、動機はむろん百合江に対する恋ゆえで、幼なじみ以来の恋情と思慕をひそかに寄せていたところ、はしなくも彼女の心が杉弥に向かって傾いたことをその挙動で感づいたものでしたから、つい目がくらんで、おろかな悪計を思いたち、杉弥が殿から村正のひとふりを預かっていたことはちゃんと知っていたので、それを盗みとったら、おそらく杉弥は詰め腹か追放に会うだろうと思って、杉弥なきあとの百合江の恋を私することができるだろうと考えついたものでしたから、殿の怒りを激発させるために、かく秘蔵中の秘蔵の村正を盗みとったのです。しかし、盗み取ってはみたが、要介も根からの悪人でなかった証拠には、村正の世に出してはならぬ刀であることはよく知っていたものでしたから、ご恩をうけた君侯の名に傷をつけまいために、また二つには自分の犯跡をくらますために、平素身近に帯ぶることが最も臟品《ぞうひん》を隠匿するに聡明《そうめい》な方法と思いついたものでしたから、かように作りを変えて佩用《はいよう》していたのでしたが、それとて右門の慧眼《けいがん》のために、はしなくも看破されて、今のごとき艶麗《えんれい》無比な機知の吟味となったのです。
もちろん、新墓の死に胴ためしも要介のしわざで、村正のあまりによく切れそうな妖相《ようそう》についそそのかされて、かく罪なき仏の肉体を汚したのでありました。
そこで、いかに右門がこれを裁断するか、それが興味ある問題でしたが、むっつり右門はあくまでもうれしきわれらの右門です。よこしまな恋のために、友を裏切った若者を、たしなめるがごとくに、じゅんじゅんと言いきかせました。
「そなたもこれまでは一点非もなく育てられ、またこれから先も、望みのある身ではござらぬか。振り分け以来の朋友《ほうゆう》の清らかな恋を祝ってやるくらいな雅量がなくてなんとなる。また、女の心というものは、そなたのようなよこしまな考えをもつものに、けっしてなびきはいたしませぬぞ。本来ならば死人を恥ずかしめた罪に問うべきでござるが、それをすれば自然世に出してならぬ一腰のことも、あかるみに出さねばならなくなるゆえ、松平家というたいせつなご親藩の名のために、右門が一生このことは胸に秘めて、今度だけは見のがしいたすによって、自今けっして杉弥どのたちの美しい秘めごとに、横水をさしてはなりませぬぞ」
そして、目を転ずると、美しき恋のふたりたちにも、さとすごとくにいいました。
「越前さまも上さまのお血を引いたご名君でござるから、すべてのことは申しあげなくともおわかりくださるだろうによって、そなたたちもはようむつまじい実を結ばれたまえよ」
言い終わると、ただ感謝のために声もなき杉弥以下四人の者へ静かに黙礼をのこしながら、さっさと歩を運ばせていましたが、ふと思い出したように伝六へいいました。
「あばたの敬四郎めが、下手人はあのときであがったと思い違えて、ここまでつけてこなかったのは、もっけのさいわいだったな。あいつはむやみと人を罪におとしたがるやつだからな。――おお、いい月だ! 今はじめてお目にかかるんじゃねえが、いつ見てもお月さんはいい色をしておいでだな」
――かくて、義によって立ち、義をもってさばき終わった右門の第七番てがらは、その月のゆかしい光のごとくに、知る人の心にのみ、ゆかしくも高いかおりを残すことになりました。
底本:「右門捕物帖(一)」春陽文庫、春陽堂書店
1982(昭和57)年9月15日新装第1刷発行
入力:tatsuki
校正:Juki
1999年12月28日公開
2005年6月30日修正
青空文庫作成ファイル:
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