が、どうしたことか、生まれおちるからのそろいもそろった左ききだそうでござります」
「なに、ふたごの兄弟※[#感嘆符疑問符、1−8−78]」
「はい、おふたりとも杉弥さまよりか二つ上のはたちとかにござりまするが、お家がらもよろしいし、日ごろおとなしやかなおかたたちでござりましたので、ついおととしの春ご元服あそばされるまでは、やはりお小姓方をおふたりともお勤めでござりました」
「むろん、剣道達者でござろうな」
「はい、おふたりとも、そろいもそろって無念流とかのおじょうずにござりますので、家中のみなさまがたが、珍しいおふたごだと、もっぱらのご評判にござります」
 聞くと同時に、右門のまなこはぎらぎらと異様な輝きを見せていましたが、突然、意外なことを少女に尋ねました。
「そなた水泳ぎはご堪能《たんのう》でござらぬか」
「ござりましたら、いかがなされまするか」
「そなたのいとしい杉弥どののお難儀を救ってしんぜるが、おできにござるか」
「できますでござります、できますでござります。杉弥さまをお救い願えますことならば、どのようなことでもいたしまするでござります」
「でも、男どもといっしょに泳ぐのでござるぞ」
「恋しいおかたのためならば、身の恥も悲しみも、けっしていといませぬ」
 げにや恋ぞ強し!――可憐《かれん》きわまりなかった少女の面は、ほのぼのと熱をきたして、言下に答えたその声すらも、凛乎《りんこ》として決断の強さを示していたものでしたから、右門も同時に命ずるごとくいいました。
「では、夕月ごろまでに、それなるふたごの兄弟を巧みに誘い合わせて、なるべく薄着の水じたくをご用意しながら向島の水神へお越しめされい。少々ぐらいは秋波《ながしめ》なりとそれなる兄弟にお与えなさって、巧みに誘い出さるがよろしゅうござりまするぞ。かの者どもといっしょに泳ぐ旨も忘れずに申されてな。のう、よろしゅうござるか」
 なにかは知らぬながらも、すぐと百合江がうちうなずいて、欣々《きんきん》としながら立ち去りましたものでしたから、右門はすばらしく朗らかにいったものです。
「さ、伝六、これから英雄閑日月というやつだ。きさまにも今夜ちっとばかり目の毒になることを見せてやるから、今のうちにゆっくりと昼寝でもしておきなよ」
 いったかと思いましたが、ほんとうにもうその閑日月ぶりをそこに始めました。

     5

 かかるうちにも迫りきたったるは、十七夜の夕月のいまに空をいろどらんとした暮れ六つ下がりです。例のごとくの落とし差しで、伝六に龕燈《がんどう》を一つ用意させると、右門はまず伝馬町の上がり屋敷へおもむいて、前夜投獄させた石川杉弥の牢《ろう》前に、ずかずかと近づいていったとみえましたが、みずからかちりと錠をあけると、なにも告げずに、驚き怪しんでいる杉弥を表へ丁重に迎え出して、用意させておいた駕籠《かご》にいざない請じながら、息づえをそろえて向島の水神に走らせました。
 行きついたときは、いまし七月十七夜の夕月が、葛飾野《かつしかの》の森をぽっかりと離れのぼって、さざら波だつ大川に、きららな銀光の尾を映し出したときです。と――待つ間ほどなく、はるか土手向こうにちいさく姿を見せたものは、紛れなきふたごの兄弟波沼要介と欣一郎に、可憐《かれん》な少女百合江でありましたから、すばやく右門は杉弥を伴ってそこの葦叢《あしむら》に身を潜めると、命ずるごとくにいいました。
「いかようなことが目前にあらわれてまいりましょうとも、けっして声をたてたり、おどろいてはなりませぬぞ」
 杉弥はただいぶかり怪しんでいましたが、やがてしばし――。百合江は右門たち三人の姿をすでに途上で認めていたものか、かくれ忍んでいるその葦叢《あしむら》のまんまえに兄弟たちをいざなってくると、なんたる恋ゆえのおおしさであったろうぞ! すべてを心得たもののように、薄青白な月光のもとで、ぱッとその着衣をぬぎすてたのです。
 と、同時に現われた雪白の裸体姿! いや、下半身にはひらひらと夕風になびいて、それゆえにひとしお悩ましき美しさを増す緋《ひ》の色の布がまとわれてありました。しかも、それらをいよいよ明るまってきた月光にさらしながら、しばらく人々の目を射るにまかしていましたが、やがて清らかに波沼兄弟たちへいう声が聞こえました。
「では、おあとからお越しなされませ。わたくしが先に参りますわ」
 いっしょに水煙が上がって、波間に彼女の姿はくねくねと動いたとみえたが、まさにそれは人魚です。明るさまさった月光を浴びて、青の水に白を浮かして、ただ美しく悩ましき人魚です。さるをどうして波沼兄弟ばかりがあとを追わないでいられましょうぞ! うしろに右門がそれを手ぐすね引いて待っているとも知らず、おのおの腰帯一つになると、抜き手をきってつ
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