おれがきのうこの暑っくるしいのに河岸《かし》の物ばかりでも気がきかねえから、たまにゃ冷ややっこでも食わせろといったら、ご亭主っていうもな、お勝手のことなんぞへ口出すもんじゃねえっていったじゃねえか」
 ほんとうにきのうそんなことをいったものか、めったにしっぽを巻いたことのない伝六も一本参ったとみえて、頭をかきながら苦笑いをしていましたが、するとちょうどそのときでありました。不意に、するすると忍び込みでもするかのように表玄関の格子戸《こうしど》があいたんで――。
「おやッ、変なあけ方をしやあがるな。いかにむてっぽうな野郎でも、まさか右門のだんなのところへ、こそどろにへえろうなんてんじゃあるめえね」
 夕暮れどきではあり、いかにもそのあけ方が少しおかしかったものでしたから、いぶかって伝六が出ていったようでしたが、まもなく引っ返してくると、いつもの口調でやや不平がましく、不意に変なことをがみがみといったものでした。
「ねえ、だんな、あっしゃこれでも、だんなのためにゃ命までもと打ち込んでいるつもりなんですが、まさか急にだんなは、あっしにみずくさくなったわけじゃござんすまいね」
「やぶからぼうに
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