は一部始終を小娘から聞いてしまうと、不意に意外なことをぽつりと尋ねました。
「そなたのおとうさんは、ご藩にいられたおり、どんなお役がらでござったな」
「殿さまのお手紙とかを書くお役目にござりました」
「ほほうのう。ご祐筆《ゆうひつ》でござったのじゃな。では、剣術なぞのご修業は自然うとかったでござろうな」
すると、小娘が年に似合わない利発者か、ぱっと面を赤く染めて、いうのを恥辱とでも思うように、あわてながら目を伏せたので、右門はひとりうなずき、ひとり胸のうちに答えながら、鋭い視線を放って、しばらくじろじろと小娘のからだを上から下へ見ながめていましたが、突然、さらに奇妙なことをぽつりと尋ねました。
「そなた、ご飯たきをしたことがあるかな」
「ござります……」
「そうか。では、どうじゃ。今晩からしばらく、おじさんのうちのままたきなぞをてつだってみないか」
と、――、小娘がまた意外でした。右門のそのいたわるような一言をきくと、急に面を喜びの色にみなぎらせながら、どうしたことか、ぽろぽろと突然あふれるほどにもうれし涙を流したもので――。のみならず、もうかいがいしく立ち上がりざま、すぐとお勝手へおり立って、まだおそらく十か十一くらいの年歯《としは》だろうと思われるのに、手おけを片手にしながら、さっさと井戸ばたへ出ていったものでしたから、鼻をつままれて少しくぼんやりとしてしまったものは、いつもながらの伝六だったのです。
「だんなのするこったから何かいわくがござんしょうが、まさかこれっぽちの暑さで、脳のぐあいをそこねたんじゃござんすまいね」
いったかいわないかのときでありました。しかるように鋭いことばが、不意に右門の口から発せられました。
「あいかわらずのひょうきん者だな。さ! 深川だ、深川だ! 深川へいって、あの小娘のおふくろを洗ってくるんだ!」
「えッ、おふくろ……? だって、小娘はまさに判然と、おやじの死に方がおかしいから、そいつを洗ってくれろといいましたぜ。だんなの耳は、どこへついているんでござんすかい」
「あほうだな。おれの耳は横へついているかもしれねえが、目は天竺《てんじく》までもあいていらあ。てめえにゃあの子の首筋と手のなま傷がみえなかったか!」
「え……? なま傷……? なるほどね。そういわれりゃ、三ところばかりみみずばれがあったようでござんしたが、ではなんですかい。そのみみずばれは、おふくろがこしらえたものとでもおっしゃるんですかい」
「あたりめえよ。あの小娘のおれに訴えてえものは、おやじのこともことだが、ほんとうはあのみみずばれのことがおもにちげえねえんだ。けれども、さすがは武士の血を引いて年より利発者なんだから、おふくろの折檻《せっかん》やそんなことは、家名の恥になると思って、このおれにさえいわねえんだよ。だから、見ねえな、おれが察して、当分ままたきのおてつだいでもするかといったら、あのとおり、ぽろぽろとうれし泣きをやったじゃねえか。きっと、おふくろに何か家へ帰りたくねえようないわくがあるにちげえねえから、ひとっ走り行ってかぎ出してこい」
「なるほどね。いわれてみりゃ、大きにくせえや、じゃ、もうこっちのお糸坊のほうはご用ずみでしょうから、道のついでに帰してもようがすね」
「ああ、いいよ。途中であめん棒でも買ってやってな――ほら、二朱銀だ」
「ありがてえッ。残りは寝酒と駕籠《かご》代にでもしろってなぞですね。では、ひとっ走り行ってめえりますから、手ぐすね引いて待っていなせえよ」
伝法に言いすてると、米屋のお糸を促して、景気よく飛び出したものでしたから、ここにいたってむっつり右門の別あつらえな明知と才腕は、配下伝六の骨身をおしまざる活躍とあいまって、いよいよその第六番てがらの端緒につくこととなり、今は伝六が深川からの報告を待つばかりとあいなりました。
2
しかし、待つ間とてもあだに時をすごすべき右門とは右門が違いましたから、その間にもと思って、かれ一流の鋭利なる観察眼を用意しながら、聞きえられるだけのことを少女について尋ねました。しかるに、少女はその名を静と呼ばれているということと、疑問のおふくろをのぞいてはひとりの身よりも肉身もないということのみは包まずに答えましたが、右門のききたい肝心の継母に関しては、一言もことばを触れなかったのです。どれほどかまをかけてみても、利発そのもののような愛くるしいまなざしを伏せるだけで、ほとんどその片鱗《へんりん》をさえ伝えようとしなかったものでしたから、いよいよ右門が疑いの雲を深めているとき、通しの早駕籠《はやかご》かなんかで勢いよく駆け帰ってきたものは、深川へ行った伝六でありました。
「さ、だんな、お出ましだ。ほし! ほし! 大ぼしですぜ」
的中したことを喜ぶあ
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