思いましたものでしたから、逆腕を取ったままでもよりの自身番へしょっぴいていくと、すぐに吟味へかけました。もう半ば以上はかまにかかってどろを吐いていたから、ただちに八卦見も全部の白状に及んだので、それによると、浪人者にいった死相うんぬんのことは、むろん人から頼まれてやったことでしたが、しかるにその依頼者なる者がちょっと意表をついて、たしかに六十ばかりの身分ありげなお侍だったというのです。六十のおやじならば、いかにくらがりだったにしても、まだ三十まえのむっつり右門と見まちがうのは少しおかしいわけですが、しかし八卦見がいうのには、その見まちがいは三両に目がくらんだからのことで、あのときの頼み手は正真正銘たしかに六十ばかりの身分ありげなお侍だったといったものでしたから、右門は意外な面持ちで、ややしばらく考えておりました。
 しかし、考えていたのはほんのしばしで、伝六を顧みると、不意にいったものです。
「きさま、きのう深川のまま母を洗ってきたとき、このごろじゅう毎晩五つから四つの間に、折檻《せっかん》の悲鳴が聞こえるといったっけな」
「へえい、たしかに申しやしたよ」
「それなら、身分ありげな六十のおやじっていうのも、いっこうに不思議はねえや。じゃ、五つから四つといや、ちょうど今がその時刻だから、大急ぎに深川へ駕籠《かご》だ、駕籠だ!」
 いうと、八卦見の始末は自身番に頼んでおいて、すぐに飛びつけさせたところは、いうまでもなく八幡裏の路地奥にあるお静が継母のわび住まいです。しかし、家の中へははいらずに、足音を忍ばしながら裏口へ回ると、ちょうどそこに障子の破れめがあったものでしたから、息をころして中の様子を伺いました。
 と――、問題の継母は、こんな時刻になってなんの必要があるものか、伝六の報告したとおりな色香ざかりのみずみずしい上半身をあらわにむき出して、しきりにせっせとお化粧のさいちゅうでしたから、右門はずぼしが的中したとでも言いたげに、にたりとほくそえみをのこすと、伝六を伴ってぬき足に引き返しながら、ぴたりとこごむように身を潜めさせたところは、それなる家に通ずる細路地の入り口のくらがりでありました。いうまでもなく、これは何者か待ち人のあることを物語っていた行動でしたから、伝六も察して息を潜めていると、ややあって、ちゃらりちゃらりと雪駄《せった》の音も忍びやかに、その細路地め
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