ねえ、お由さん、あんたも今の話で、あっしどもがなにしているか、もうおおかためぼしがついたでしょうが、場合によっちゃ、まだ二、三日あんたの例の早わざをお借りしてえんだからね。当分おてつだいをしてはくださるまいかね。ごらんのようなひとり者で、家の人数といっちゃあ、そこのお勝手にいるお静坊とあっしきりなんだから、寝言をいおうと、さかしまにはい出そうと、ご随意なんだがね。――もっとも、あっしが生身のひとり者なんだから信用がおけねえっていうんなら、そいつあまた格別ですが」
「いいえ、もうだんななら――、だんなのようなおかたのそばでしたら――」
 こっちが押しかけてもといわんばかりに、すぐとお由が引き取って、すりなぞ手内職にやっている素姓の者とは見えないような、娘々したはにかみを見せたものでしたから、腕のほうはどじのくせにそのほうばかりはまたやけに気の回る伝六が、たちまちそばから茶々を入れました。
「ちえッ。いい男にゃなりてえもんだな。女のほうから、このとおり、もうたかってくるんだからね」
 それにはちょっと右門も顔を赤らめたようでしたが、宵《よい》の五つ半といえばまだだいぶ間がありましたから、名人閑日月のたとえどおりごろりと横になると、ここちよげに午睡の快をむさぼりだしました。

     3

 かくて、日は愛宕《あたご》の西に去って、暮るれば大江戸は宵の五つ――。五つといえば、昔ながらに江戸の町はちょうど夕涼みのさかりです。虫かごにはまだ少し早いが、そのかわり軒端《のきば》の先には涼しい回りとうろうがつるされて、いずこの縁台も今を繁盛に浮き世話のさいちゅうでした。だから、右門も涼みがてらにゆかたがけかなんかで出かけそうに思われましたが、しかし出てきた姿を見ると、昼のままの長いやつをおとし差しです。したがって、伝六がもも引きたびに十手を内ふところに忍ばしているのは当然なことですが、でもまだ月の初めでしたから、空は星あかりばかりで、そのためよくよく近よって見ないことには、かれらが八丁堀の者であることを見きわめることは、ちょっと困難なよいやみでした。
 さればこそ、そのよいやみをさいわいに、大身の若殿が供をつれて夕涼み、といったように見せかけながら、指定しておいた日本橋の橋たもとにたどりつくと、はたして、むくどりや来たるとばかり、目を八方に配りながら、ぶらぶらとその辺を逍遙《し
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