いかねえんだから、人見知りはしておきたいものだね。実あ、お由さんの今のあの器用な腕まえをちょっとばかり見込んで、特にお頼みしてえことがあるんだがね」
「えッ……。だんながあたしに……?」
「さよう。そのために、この暑いさなかをわざわざ八丁堀から出張ったんですがね」
「まあ、近ごろうれしいことをおっしゃいますわね。そう聞いちゃ、あたしもくし巻きお由ですもの、その意気とやらに感じまして、どんなお仕事かひとつお頼まれしてみましょうかね」
「さすがは名をとった人だけあって、わかりがはええや。実は、今のあの器用なまねを逆にやってみせてもれえてえんだがね」
「え? 逆……? 逆というと」
「知れたことじゃござんせんか。ふところに品物をねじ込むんですよ、今のは器用にすり取ったようだがね。逆といや、つまり、あれをあべこべに、ふところへ品物をねじ込むんでさあ。むろんのこと、相手には気のつかないようにね」
「ああ、そんなことなら……」
お茶の子さいさいですよといわないばかりに、ちょっとお由は考えていましたが、そこにおしゃべり屋伝六がいよいよいでていよいよ奇怪な右門のしぐさに、目をさらにしながらぼんやりとつっ立っていた姿をみると、不意ににっこりと笑いながら近よっていったもので――。
「ね、こちらのだんな。そら、そこのえり首に、大きな毛虫がはってますよ」
「えッ、毛、毛虫? 毛虫……?」
不意でしたから、悲鳴をあげて伝六が飛び上がったのを、お由は目もとであだっぽく笑いながら制すると、静かにまたいいました。
「いいえ、えりじゃない、ふところですよ」
と――、なんたる早わざなりしか、さらにうろたえて伝六が懐中に手を入れてみると、今までたしかに日傘の中に忍ばされていたと思われたあのお店者《たなもの》からすり取った紙入れが、もういつのまにか位置を換えて伝六の懐中にねじ込まれていたものでしたから、伝六も二度びっくりしましたが、期したることながら右門の舌を巻いたのも当然で、ついおもわず賛嘆の声を発しました。
「名人わざだ、名人わざだ。さすがは見込んでお頼みに来ただけのものがありますね――じゃ、今の調子で、この品物をねじ込んでもらいますかな」
そして、いうと、出がけにでもちゃんともう用意してきたものか、ふところから取り出したものは、厳封をした十四、五本ばかりの書面でありました。
「あら! 少しこ
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