がるね」
 だから、むろん伝六は御用にすることとばっかり思い込んで、勢い込みながら身を浮かそうとすると、しかるに右門は、意外な行動を突如としてまた取り出したのです。とっさに目顔で伝六を制しておいて、にやにや笑いながら女のあとを追っていったようでしたが、人込みのとだえた観音裏までつけていくと、ぽんと軽く女の背中をたたきながら、さわやかにいったもので――。
「ちょいと、お由さん! 妙なところでお目にかかったもんですな」
「えッ!」
 不意に自分の名を呼んで、しかもそこにりゅうとしたいい男の若い侍がなれなれしげに立っていたものでしたから、くし巻きお由の目をぱちくりとさせたのはいうまでもないことでしたが、右門はそのおどろきを見流しながら、莞爾《かんじ》とばかりにうち笑《え》むと、いっそうのさわやかさでいったものでした。
「おうわさじゃ聞いていましたが、あんなに器用な腕まえたあ思いませんでしたよ」
「えッ……まあ、突然――突然なんのことでございますかね」
「いいえ、なにね、今そこの日|傘《がさ》の中にちょいとこかし込んだしろもののことですがね」
「えッ!」
 ぎくりとなって、やや青ざめながらおもわずあとずさったのを、右門は心持ちよさそうに見ながめながら、くすりと一つえくぼをみせると、おちつきはらっていったもので――。
「まあ、あたしの顔をよくごらんなさいましよ」
 すると、くし巻きお由は、と見つ、こう見つ、右門のからだを上から下へ見ながめていましたが、さすがは彼女もそれと江戸に名を売ったかせぎ人だけのことはあってか、青ざめた顔に引きつったような笑いをむりに浮かべると、伝法な口調で悪びれずにいいました。
「――そうでござんしたか。男も参るほどの殿御ぶりと、かねがねおうわさに聞いちゃいましたが、じゃむっつり右門のだんなでござんしたね。そうとは知らず、お出回り先を汚して、お目こぼしをといいたいが、あたしも新まいながらくし巻きお由でござんす。だんなのようないい男のお手にかかるならせめても女|冥利《みょうり》でござんすから、さ、ご随意におなわをかけなさいましな」
 だから、じゃ、といって、すぐにも伝六へなわさばきを命じでもするだろうと思われたのに、意外なことに、むっつり右門はさらに莞爾《かんじ》とうち笑《え》むと、涼しげにいったものです。
「ところが、どうして、筋書きがそう定石どおりに
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