さんにおれが牛若丸になり、将軍さまのご面前で踊るてはずになっているということだから、おれはそのとき毒をあおって、りっぱに死んで見せらあ。てめえたちへのつらあてに、死んでみせらあ。そうすりゃ騒ぎも大きくなって、おれがなんで死んだかもお調べがつき、そのうちにはきさまらのやっていることも、ぼちぼち世間に知れるにちげえねえんだからな。そうすりゃ、てめえたちの塩首が獄門にさらされる日もそう遠くはあるめえよ。どうだい、おどろいたか、ざまみろ」
 まことに意外以上の意外というべきで、いずれにしてもこの書き置きが糸屋の主人自身したためたものなることはいずれの点からいっても一目|瞭然《りょうぜん》であり、しかもそれが書かれてある文言から判じて何者か仲間の一団に対するつらあての計画的な毒薬自殺と判明したものでしたから、さすがの右門もあまりの意外にうなってしまいました、伝六の肝をつぶしてしまったことはまた数倍で――。
「なんのつらあてで死んだか知らねえが、世の中にはずいぶん変わったやつもあるもんだね。将軍さまの面前でわざわざ毒をなめやがったのもしゃれているが、書き置きを笛の胴の中にしまっておくなんぞは、もっとしゃれているじゃござんせんか。これじゃ、いかなだんなでも尾っぽを巻くなあたりめえでしょうよ。てめえが好きでおっ死《ち》んだものを、人がばらしたとにらんでたんだからね。しかし、それにしても、だんな、この文句が気になるじゃござんせんか。いまにきさまらの塩首が獄門台にのぼるだろうよと書いてあるが、このきさまらというそのきさまらは、なにものだろうね」
「今そいつを考えているんだ。うるせえ、しゃべるな!」
 しかりつけながら、右門は例のように、あごのまばらひげをまさぐりまさぐり、なにごとかをしばらく考えていましたが、突然きっとなったとみるまに、鋭い命令が伝六に下りました。
「今からお奉行所へ行って、訴訟箱の中をかきまわしてみてこい!」
「えッ! だって、もう五つ半すぎですぜ」
「五つ半すぎならいやだというんか」
「いやじゃねえ、いやじゃねえ。そりゃ行けとおっしゃりゃ唐天竺《からてんじく》にだって行きますがね。こんなに夜ふけじゃ、ご門もあいちゃいませんぜ」
「天下の一大事|出来《しゅったい》といや、大手門だってあけてくれらあ」
「なるほどね、天下の一大事といや、大久保の彦左衛門《ひこざえもん》様がちょいちょい使ったやつだ。一生の思い出に、あっしもちょっくら使いますかね」
 夜ふけをいといもなく数寄屋橋《すきやばし》へころころしながら行ったようでしたが、案ずるよりもたやすく用が足りたとみえて、小半ときとたたないうちに帰ってまいりましたものでしたから、右門は待ちうけてその報告を聞きました。この数日間に訴えのあった事件というのはだいたい次の五つで、まず第一は湯島切り通し坂のおいはぎ事件です。難に会ったものは近所の町医で、被害品は金が三両、第二は質屋の屋尻《やじり》切り、第三は酒のうえで朋輩《ほうばい》どうしがけんか口論に及び、双方傷をうけたからしかるべく取り扱ってくれという訴えでした。第四はだんご鼻の竹公という遊び人が、他人の囲い者をこかして金子六十両をかっさらい、いずれかへ逐電したからめしとってほしいというだんなからの訴え、最後は所々ほうぼうからの訴えをひっくるめた一件で、浅草と神田と日本橋ににせ金をつかました者があったという、あまりぞっとしない事件でした。
 だから、当然右門は失望するだろうと思われましたが、しかるに事実はその反対で、伝六の報告を全部きいてしまうと、突然にたりと笑いました。のみならず、不思議なことをごくあっさりといったもので――。
「じゃ、今からひっこしをするかな。そこのまくらと蚊やりとを持って、きさまもいっしょについておいでよ」
 いうと、笑顔《えがお》ではなくほんとうにさっさと表へ歩きだしたものでしたから、例のごとく口をとがらしたのは伝六でした。
「またいつもの癖をそろそろ始めましたね。だんなのこの癖にゃ、たこのあたるほど出会っているんだから、けっしてもう愚痴もいいませんが、それにしても少しうすみっともねえじゃござんせんか。この真夜中に木まくらとかやり粉をもってのそのそしていたひにゃ、だれが見たってつじ君あさりとしきゃ思いませんぜ」
 しかし、右門はもうそのとき完全に、われわれのむっつり右門でありました。黙然たることその金看板のごとく、行動の疾風迅雷的にして、その出所進退の奇想天外たることまたいつものとおりで、面に自信の色を現わしながら颯爽《さっそう》として足を向けたところは、伝六のいったつじ君の徘徊《はいかい》している柳原の土手ではなくて、つい宵《よい》の口に通ったばかりのあの紀国坂《きのくにざか》だったのです。しかし、かれは坂の中途で
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