違いのあまりに大きすぎたことにおのずから右門は苦笑がわいて、おもわずぷっと吹き出してしまいました。
けれども、万が一ということもありましたから、年ごろの娘とか養女とか、そういった者はないかと遠回しに探りを入れてみましたが、全然それもむだな詮議で、糸屋の若主人のしげしげ出入りしたということも、ただの小唄のおけいこにすぎなかったということまで判明したものでしたから、これではいかなむっつり右門でも、ほうほうの体で引き揚げるより道はなくなりました。
だから、右門は表へ出ると、いまかいまかというように十手を斜《しゃ》に構えながら、気張っていた伝六を顧みて、くつくつと笑いながらいいました。
「われながらおかしくてしようがねえや。もう十手なぞを斜に構えてなくたっていいんだよ。とんだほしちげえさ」
「えッ。じゃ、菊廼屋歌吉っていうやつあ男の野郎なんですかい」
「女は女だがね、おあいにくさまなことに、もう七十に近い出がらしの梅干しばあさんさ」
「ちえッ。妹のやつも兄貴に似やがって、ちっとばかり早気だな。じゃ、なんですね、来るまじゃえらくぞうさがなさそうに見えやしたが、こう見えてこの事件は存外大物のようですね」
「と思って、おれもいま考え直しているんだが、どうやらこいつ相当に知恵を絞らなきゃならんかもしれんぜ」
事実において、今となってはもうそう簡単に見くびることができなくなりましたものでしたから、右門はいかにしてこの失敗をつぐなったらいいか、捜査方針についてもう一度初めから出直す必要に迫られてまいりました。あくまでも色ざんまいのうえの毒殺とにらんで、このうえともにその点へ見込み捜査をつづけていくならば、もっと方面をひろめてかたっぱし出入りの女を当たってみる必要があるのです。でなくば、全然出直して見込み捜査を捨ててしまい、いわゆる大手攻めの常識捜査を進めていくか?――行くならば、第一に当たってみることは、あのときの祭りにつかった問題の横笛がなんぴとの手を経ていずこから渡ってきたか、まっさきにまずその出所を調べることが必要でありました。それから、第二は毒の出所――。思うに、回りの猛烈であるところから判断すると、必ずや鴆毒《ちんどく》にちがいないので、鴆毒ならば南蛮渡来の品だから、容易にその出所を知ることは困難ですが、しかし、いよいよとならばそれもまた大いに必要な探査でした。
時刻はちょうど、そのとき青葉どきのむしむしとした宵《よい》五つごろで、だからふと右門は思いついて、涼みがてらに四谷へ回り、念のために横笛の出所を探ってみようと、急に足を赤坂のほうへ向けました。虎《とら》の門《もん》からだらだらと上がったところが今も残る紀国《きのくに》坂で、当時は食い違いご門があったから俗に食い違い見付とも言われてましたが、いずれにしても左は人家の影も見えないよもぎっ原で、右は土手上の松籟《しょうらい》も怪鳥の夜鳴きではないかと怪しまれるようなお堀《ほり》を控えての寂しい通り――。あいにくと新月なんだから、もうとっぷりと暮れきった真のやみで、職掌がらとはいい条少し気味のわるい道筋なんですが、そこを通らねば四谷へは出られなかったものでしたから、右門は先へたってそろりそろりと坂を上ってまいりました。すると、坂をのぼりきった出会いがしらに、きゃっというような悲鳴をたてながら不意にいった声がありました。
「わッ、おっかねえ! それみろい、いううちに白いものがふんわりと出たじゃねえか」
職人らしい者のふたり連れで、白いものといったその白いものは右門の着ていた越後上布であることがすぐに受け取れたものでしたから、それをお化けとでも勘違いしての悲鳴であったことはただちにわかりましたが、だから普通の者ならば当然苦笑いでも漏らして、そのまま、なんの気なく通りすぎてしまうべきところでしたのに、ところが少しばかりそこがむっつり右門の他人とは異なる点でありました。不断に細かく働かしているその頭の奥へ、今の職人の口走った、それみろい、いううちに出たじゃねえか、という一語がぴんとひびいたものでしたから、のがさずに突然うしろから呼びとめました。
「これ、町人、まてッ」
「えッ……! ご、ご、ごめんなさい、だ、だんなを幽霊といったんじゃねえんですよ」
「だから、聞きたいことがあるんだ。そんなにがたがたと震えずに、もそっとこっちへ来い」
「い、い、いやんなっちまうなあ。ますます気味がわるくなるじゃござんせんか。ま、ま、まさかに出ていったところをばっさりとつじ切りなさるんじゃござんすまいね」
「江戸っ子にも似合わねえやつだな。しかたがない、名まえを明かしてとらそう。わしは八丁堀の右門と申すものじゃ」
「えッ。そ、そうでしたかい。お見それ申しやした。むっつり右門のだんなと聞いちゃ、おらがひい
前へ
次へ
全12ページ中7ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング