立ち上がってすっくと長刀をたばさみ、両手の指節をぽきぽきと音も高らかに鳴らして、今いったその草香流、柔術《やわら》の奥儀を、いかにも所望どおりに貸してやろうといわんばかりなたのもしいいでたちで、黙々と表へ歩きだしたものでしたから、右門のそういうときのたのもしすぎる以上にたのもしい点をだれよりも多く知り、だれよりも多く接している伝六は、ことごとくもう親舟に乗ったような気になって、活気づきながらひとりでうれしがりました。
「ちえッ、ありがてえッ。ありがてえッ。こいつがてがらになりゃ、あっしもこれでようやっとごひいきの女の子たちに一人まえの顔が合わされるというもんだ。ねえ、だんな、このとおりにわか天気じゃござんすが、きのうまでの梅雨《つゆ》で往来はまだぬかるみだから、ひとっ走りまたつじ駕籠《かご》でも仕立てますかね」
けれども、右門の行動のうちに、伝六のそのひとりよがりを、しだいしだいにぬか喜びとさせるがごとき節が見えだしましたものでしたから、少々不思議でありました。
「――さるほどに雪姫の申すには……」
なんという名の謡曲の文句であるか、小声で渋いのどを続けながら、片手の扇子であざやか
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