うの質屋へ行って、そこの家にある豆大黒といっしょに、亭主をここへしょっぴいてこい」
 心得て、すぐに伝六が命令どおり、うしろへ質屋の亭主を引き連れながら、疑問の豆大黒をてのひらの上にのせてたち帰ってまいりましたものでしたから、形勢われに有利と見てとったかのごとくに、古道具屋のあるじがたちまちおどり上がってしまいました。
「三河屋さん、そうれごろうじろ、やっぱり大黒さまはてまえのうちのものですぜ。ねえ、八丁堀のだんな、そうなんでがしょう」
 ところが、右門は意外でありました。なんとも答えずに伝六のてのひらの上からあずき粒ほどの大黒をつまみあげると、自分の目の前になみなみとつがれてあった饗応《きょうおう》の薄茶の中へ、容赦なくぼちょりとそれを落としこんだのです。と――なんたる不思議、いや、なんたる右門の明知のさえであったでしょう! 純真|無垢《むく》の金大黒と見えたくだんの小粒は、熱いお茶に出会って、みるみるうちにたわいもなく、とろんこと、どろになってしまったものでしたから、同時にいくつかの、あっ! という驚きの声が、右から左から、そしてうしろから、右門の手もとにそそがれました。
 けれども、わがむっつり右門は、それらのあっ! という驚きの中から、ただ一つなまめかしいお後室さまのあっ! といった声のみを耳に入れると同時のように、そのほうへふり返って、ほんのりと微笑を送りました。そして、今なお驚き怪しんでいる道具屋のおやじと質屋のおやじとをしりめにかけながら、立ち上がって箱だなの中からさっき見ておいたお茶わんを取りおろすと、一座の者に二つの茶わんの中をさし示しつつ、明快流るるごとき鑑識のさえを見せました。
「よくまあ、この両方の茶わんの中を見るがいいや。道具屋にも似合わしからぬお眼力のうといことでござんしたな」
「へへい、なるほどね、両方とも茶わんの中はどろ水ですが、そうすると、こりゃお大黒さまはやっぱり二つで、両方ともどろ細工でしたんですかい」
「ま、ざっとそんなところかな。おまえんところのやつは、ねずみかなんかにけおとされて、ご運がわるくもお茶わんの中におぼれちまったんで、金無垢の豆大黒さまもたわいなく正体をあらわしちまったんさね。これがほんとうに箔《はく》のはげるというやつさ。でも、どろ水の中にちかちか光った金粉がいまだに残っているところを見ると、金は金の金粉だったろうが、それにしてもこんな子どもだましの安物をお家の宝にしていたり、それがもとで仲たがいするところなんぞをみると、ほかに何かもっといわくがありそうだな」
 いいながら、若いご後室さまのやや青ざめた面にぎろりと鋭い一瞥《いちべつ》を投げ与えていたようでしたが、その鋭い一瞥のあとで急にまたいともいぶかしい微笑を彼女に送ると、右門はこともなげに言いすてて立ち上がりました。
「さ、伝六。これで一つかたがついたから、お小屋へかえってゆっくり寝ようかね」
 だのに、立ち上がってのそのかえりしな、それほどもこともなげにふるまっている右門の右足が、いかにも不思議きわまる早わざを瞬間に演じました。ほかでもなく、若いご後室さまの、そこにちょっぴりとはみ出していた足の裏をぎゅっと踏んだからです。
「まあ!」
 たいていのご婦人ならばそういって、少なくも右門の失礼至極な無作法を叱責《しっせき》するはずなのに、ところが青まゆのそれなる彼女にいたっては、いかにも奇怪でありました。踏まれたことを喜びでもするかのように、じいっと右門のほうをふり向いて、じいっとその流し目にとてもただでは見られないような、いわゆる口よりも物を言い、というその物をいわせたものでしたから、表へ出ると同時に何もかも知っていたか、伝六が少しにやにやしていいました。
「ね、だんな。ちょっと妙なことをききますがね。だんなはそのとおりの色男じゃあるし、べっぴんならばほかに掃くほどもござんすだろうに、あのまあ太っちょの年増《としま》のどこがお気に召したんですかい。まさかに、あの女の切り下げ髪にふらふらなすって、だんなほどの堅人が目じりをさげたんじゃござんすまいね」
「ござんしたらどうするかい」
 ところが、右門が意外なことを口走ったものでしたから、伝六がすっかり鼻をつままれてしまいました。
「え※[#感嘆符疑問符、1−8−78] じゃなんですかい、あのぶよんとしたところが気にくっちまったとでもいうんですかい?」
「でも、ぶよんとはしているが、残り香が深そうで、なかなか美形だぜ」
「へへい、おどろいちゃったな。そ、そりゃ、なるほどべっぴんはべっぴんですがね、まゆも青いし、くちびるも赤いし、まだみずけもたっぷりあるから、残り香とやらもなるほど深うござんすにはござんすだろうがね、でも、ありゃ後家さんですぜ」
「後家ならわるいか」
「わ、わ
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