とを聞いたから参ったのじゃが、いったいそのお大黒さまはどんな品じゃ」
「正真正銘|金無垢《きんむく》のお大黒さまでござります」
「金無垢とのう。すると、なんじゃな、いずれは小さい品じゃな」
「へえい。実はその小さいのが大の自慢で、まずあずき粒ほどの大きさででもござりましたろうか。ところが、その豆大黒さまには、ちゃんとみごとな目鼻も俵もついてございますのでな。どうしたって、そんな珍しい上できのお大黒さまなんてものは、たとえこの江戸が百里四方あったにしても、二つとある品じゃないのでござりますよ。しかるに、それが――」
「わかった、わかった。あとは言わいでもわかってると申すに! ところで、その豆大黒はどこへ祭ってあった」
「ここでござります」
 いいながら道具屋の亭主がなにげなく次のへやとのふすまをあけたせつな――右門はおやッ! と目をみはりました。なぜかならば、そこの長火ばちの向こうに、ひとりの異様な姿の女がさし控えていたからでありました。

     3

 女は年のころがまず三十五、六。太り肉《じし》で、食べ物のよさを物語るようにたいへん色つやがよろしく、うち見たところいかにも艶《えん》に色っぽいのです。しかるに、異様な姿だというのはまずその髪の毛でありました。まだじゅうぶんに情けの深さを示す漆黒のぬれ羽色をしていながら、中ほどをぷっつりと切った切り下げ髪で、だからまゆは青々とそって落として、口をあけてはいないからわからないが、歯はむろんのことにおはぐろ染めに相違なく、したがってどこのだれがどう見ても、ひと目に若後家とうなずかれるいでたちをしていたものでしたから、若後家さんである以上その者が古道具屋の妻女でないことは、はっきりと右門にわかりました。のみならず、食べ物のよさを物語るようなそのたいへんぐあいのよろしい太り肉《じし》の色つやから判断すると、どうしてもご大家の育ちらしいので、しかもそれが普通のご大家ではなく、おうへいに長火ばちの向こうの正座を占めているところから察すると、このみすぼらしい古道具屋のおやじには主人筋にでも当たる身分の者のような節がありましたから、右門は異様以上に不調和な両人の対照のために、先鋭きわまりなきその心鏡を、早くもぴかぴかととぎすましました。
 けれども、たとえ心にどんな変動があったにしても、それをみだりに色へ出す右門とは右門が違います。微笑を含みながら、それなる青まゆの女に目であいさつすると、右門は黙ってその前を通りすぎました。
 すると、やや不思議です。まゆをおとしたそれなる女が、その青々しいまゆげの下にこってりと見ひらかれている切れ地の長い目もとで、あきらかに媚《こび》を含んだ笑いを、ためらうこともなく、そしてまたひるむところもなく、ただちに右門に向かって返礼したではありませんか! これは右門にとって、実に容易ならざるできごとでなければなりませんでした。たといその種のごく食べ物がよろしい太り肉《じし》の若いお後室さまが、いかにりりしく美しい筋肉の引き締まった若い侍をお好物であったにしても、そういうことが神代ながらの因果な約束であったにしても、わが道心堅固なるむっつり右門においては、そんな心で彼女に向かい目もとの微笑をほころばしたのではなかったからです。しかるに、女は切れ地の長いその目で、あきらかに媚《こび》を送ったのです。ともかくも、右門が非常なる好物であることを、ひと目で好物になったらしいことを、はっきりと示したんですから、右門にとっては実に容易ならざる珍事でした。ために、右門は少し足もとの見当が狂ったような様子を見せていましたが、しかし、それはほんのしばし――
「あの神だなが、お大黒さまを祭ってあったところでござります」
 いった亭主のそばへ近づいていくと、伸び上がるようにしてぎろりとまずその特有の目を光らしました。みると、なるほど亭主のいうとおり、なげしの上に造りつけた箱だなの中には、お不動さまのお守りもあるが、それから天照皇太神宮のお札もあるが、豆大黒はその上に飾ってあったらしい小さな台座が残っていても、金無垢《きんむく》の福々しいそのお姿をばどこにも見せていないのです。
 と、そのときじっと目を光らしていた右門のまなこに、はからずも映った一個の古ぼけたお茶わんがありました。豆大黒さまが出奔してからというもの、気も転倒してしまったとみえて、それっきりもう朝ごとのお茶も進ぜないらしく、茶わんはほこりにまみれたままでありましたが、その位置がちょうど大黒さまがまつられてあったお台座の真下になっていたものでしたから、なにげなく取りおろして、ふと中をのぞいてみると、とたんに右門はにっこりと笑いながら、言下に命じました。
「伝六ッ、きさまにもてがらを半分おすそ分けができそうになってきたぞ。筋向こ
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