、わるかない。そりゃわるい段ではない。だんながそれほどお気に召したら、めっぽうわるい段じゃごわすまいが、それにしても、あの女はだんなよりおおかた七、八つも年増じゃごわせんか。ちっとばかり、いかもの食いがすぎますぜ」
 さかんに伝六が正面攻撃をしていたちょうどそのときでした。何者かうしろに人のけはいをでもかぎ知ったごとくに、突然右門がぴたりと歩みをとめて、そこの小陰につと身を潜めましたものでしたから、伝六も気がついてふりかえると、かれらを追うようにして道具屋の店から姿を現わした者は、塗りげたにおこそずきんの、まぎれもなき彼女でした。
 とみると、驚きめんくらっている伝六をさらに驚かせて、わるびれもせずに右門が近づきながら、はっきりと、たしかにこういいました。
「まさかに、拙者をおなぶりなすったのではござりますまいな」
 すると、女が嫣然《えんぜん》と目で笑いながら、とたんにきゅっと右門の手首のあたりをでもつねったらしいのです。往来のまんなかにいるというのに、一間を隔てないうしろには伝六がいるというのに、どうも風俗をみだすことには、きゅっとひとつねり、ともかくも右門のからだのどこかをつねったらしいのです。と、困ったことに、右門が少しぐんにゃりとなったような様子で、ぴったりと女に身をより添えながら、その行くほうへいっしょに歩きだしました。けれども、根が右門のことですから、そう見せかけておいて、実はどこかそのあたりまで行ったところで、何か人の意表をつくようなことをしでかすだろうと思いたいのですが、事実はしからず、土台もういい心持ちになって、うそうそとどこまでも肩を並べていたものでしたから、伝六は少し身のかっこうがつかなくなりました。
 しかし、身のかっこうがつかなくなったとはいっても、それはわずかの間でありました。
「お供のかたもどうぞ……」
 いうように青まゆの女が目でいって、右門とともに伝六をも導き入れた一家というのは、おあつらえの船板べいに見越しの松といったこしらえで、へやは広からずといえども器具調度は相当にちんまりとまとまった二十騎町からは目と鼻の市《いち》ガ谷《や》八幡《はちまん》境内に隣する一軒でありました。むろん、男けはひとりもなくて、渋皮のむけた小女がふたりきり――
「だんなはこちらへ……」
 というように、緋錦紗《ひきんしゃ》の厚い座ぶとんへ右門をすわらせ
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