思いもよらなかったゆえ、つい心を許して寝入っていたところを、不意にやられたのでござる」
「しかし、なんぞそのまえほかに気を奪われたようなことはござりませなんだか」
「さよう、たしかにお尋ねのようなことがあったゆえ、ちと不思議でござる。なんでも、何かばりばりとひっかくような音がありましたのでな――」
「なにッ。ばりばりとかく音がござりましたとな! すりゃ、まことでござるか!」
「まこととも、まこととも、真もってまことでござる。その廊下のあたりで、何かこうばりばりとかきむしるような音が耳にはいったのでな、不審と思って、そのほうへつい気をとられた拍子に、あれなるうしろのふすまを不意に押しあけて、覆面の武者わらじをはいたやつが、いきなりおどり入りさま、物をもいわずに、このとおり腕を切りとったのでござるわ」
「ふうむ、さようでござるか。そうするとそろそろほしが当たりかけてきたな」
ばりばりという音がしたといったその一語によって、すでになにものかの推定がついたもののごとく、腹の底から絞り出したようなうめき声を発して、じっと廊下先の障子を一本一本|巨細《こさい》に見まわしていましたが、と――果然、
前へ
次へ
全56ページ中30ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング